小説 3
盛夏恋・5 (にょた)
言ってしまってから、後悔した。
嫉妬しただなんて……そんなこと、彼に言っても迷惑だろう。
子供みたいだ。
大人のお姉さん達に嫉妬してるのに、余計に子供っぽいことをして、どうするんだろう。
顔は恥ずかしくて熱いのに、胸の奥がまた、モヤモヤと曇る。
隆也さんは呆れてるんだろうか、何も言わない。ただ、肩を抱く手に少し力が込められた。
ふう、と大きなため息を間近で聞かされて、ビクッと肩が揺れる。
呆れられた?
でも、そう思ったのは一瞬で。
「あなたは……」
低い声で言いながら、隆也さんが私を抱き締めた。
「せっかく海に来たって言うのに、寝室に閉じ込められたいんですか?」
どういう意味か、なんて訊く間もなかった。
抱き締められたまま、ひょいっと軽く抱き上げられる。
そのままビーチに出ようとされて、私は慌てて彼を止めた。
「ま、ま、待ってくだ、さい」
彼の肩を押し、頼んで一旦、談話室の床に降ろして貰う。
「上、これ、着て下さい」
そうして彼のパーカーをわたわたと脱ぎ、隆也さんの胸に押し付けた。
だって、イヤだった。
きれいに筋肉の付いた、たくましい体。すべらかで温かな、彼の肌。
それを――他の女の人に見られるのがイヤだった。
「じろじろ見られたら、イヤ、です」
「じろじろって……じゃあ、あなたが羽織っていてください」
隆也さんはそう言って、受け取ったパーカーを、また私に着せようとした。
「ち、違うんです」
首を振り、1歩さがって、そのパーカーを遠慮する。
「私じゃなくて、見ら、れる、のは……」
じわっと、また頬が熱くなった。
さっきから、恥ずかしいことばかり言ってる気がする。もう真っ直ぐに彼を見られない。
「オレ? ですか?」
隆也さんが不思議そうに訊いた。
うつむいたままうなずくと、彼はしばらく黙って、そして「ははっ」とおかしそうに笑った。
ぱさっと、パーカーが椅子の上に放られる。
えっ、っと思った時にはもう抱き上げられていて、隆也さんはくすくす笑いながら、今度こそそのままビーチに降りた。
「ほら、皆が見てるのはオレじゃないですよ」
意地悪く耳元で囁かれる。
きゃー、わー、と騒がれてるのが聞こえた。ははは、と弟さんも笑ってる。
私を軽々と横抱きに抱えて、隆也さんが大股で歩く。
その振動と恥ずかしいのとで、酔ってしまいそうだ。
「しっかり掴まって」
隆也さんはそう言って、私を抱いたままザブザブと海の中に入って行った。
温かな彼の腕の中で、冷たくて心地よい海水に包まれる。
弟さん達の騒ぎ声が遠ざかり、波をかき分ける音がじゃぶじゃぶと続く。
隆也さんは黙ったままで、でも機嫌がいいのはなんとなく伝わった。
沖までかなり歩いたところで、隆也さんが立ち止まった。気付けば、ビーチから随分離れている。
横抱きから足を降ろされ、でも、深くて足がつかなくて、悲鳴を上げて縋り付く。
隆也さんは胸の辺りまで水に浸かっていた。
「足がつきませんっ」
身長差が30センチ近くあるってこと、忘れているのだろうか?
肩口にしがみついて悲鳴を上げると、彼の腕が腰に回された。肩に置いた手を取られ、首に回すよう導かれる。
「大丈夫、オレはちゃんとついてますから」
落ち着いた声でそう言われて、わざとなんだとようやく悟った。
でも、なぜ?
私は彼の思惑のまま、そのがっしりした首に腕を回した。
体と体が密着する。
きれいな彼の裸の胸に、甘えるように抱き付いてる。
波に揺られて、体も揺れる。けど。
「ほら、しっかり掴まってれば怖くないでしょう」
隆也さんが優しく言った。
浜は遠く、もうお姉さん達の視線も声も、何も感じない。静かだ。
「もっと甘えて下さい」
隆也さんが言った。
「嫉妬は嬉しいですが、無意味ですよ」
と低い声で、静かに、優しく。
頼りなく波に揺れて怖くて、でも怖くなくて、私は返事の代わりにますますきつく、彼の首に縋りついた。
「オレが欲しいのは、あなただけだ」
隆也さんはそう言いながら、私の脚の間に、イタズラな指をそっと沿わせた。
「きゃ」
びくんと全身が跳ねる。
足がつかない程深い場所なのに。彼の首に縋るしかないのに。
水着に包まれた敏感な部分を、彼の指がそっと撫でた。
「ダメ、です」
私は身を固くして、浜の方に目をやった。
でも、誰もこちらを見ていない。
「廉……」
隆也さんが耳元で呼んだ。
冷たい海の中にいるのに、体が熱く濡れるのが分かった。
(続く)
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