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小説 3
盛夏恋・4 (にょた)
 日焼け止めを塗りながら、後ろにいたお姉さんが「ねぇねぇ」と話しかけて来た。
「彼、優しい?」
 彼というのは、隆也さんのことか。
「は、い」
 即答すると、周りで「きゃー」と騒がれる。
「年、離れてるじゃん、話とか合うの?」

 話が合うのか、というとどうだろう? そりゃあ高校のお友達との会話のように、いつまでもお喋りできそうな、そんな感じではないけれど……。
 首をかしげて曖昧にうなずくと、特に意味のない質問だったのか、「ふーん」や「へー」で流される。
 そしてまた、別のお姉さんが笑顔で言った。
「親同士の決めた結婚って、素敵よねぇ」
「ねぇ」
「憧れる〜」

 お姉さん達はきゃいきゃいと笑って、抱き付き合ったり、私の肩を抱いたり、軽く叩いたりした。
「許嫁って、憧れるけど。当たりハズレがありそうで怖いよね」
「気が合わなそうだったりとかね」
「三橋ちゃん? は、その辺は大丈夫なの?」
 三橋ちゃん、と呼ばれてどぎまぎしながら、私はまた「はい」とうなずいた。
「当たり? ハズレ?」

「え……と」
 当たりかハズレかなんて、考えたことも無かった。
 春までの私なら、何と答えたか分からない。
 でも今は――隆也さんは優しいし、大事にしてくれてるし。
「あ、当たり、です」
 正直にそう言うと、お姉さん達は一斉に「キャー!」と叫んだ。
 そしてそのままのノリで、私の手を引き、背中を押して、海の中に引き入れた。
 赤面する間もなかった。


 隆也さんが戻って来たのは、小1時間程経ってからだっただろうか?
「廉さん」
 よく響く声で呼ばれて振り向くと、隆也さんが弟さんと並んで波打ち際に立っていた。
 並んでいるのを遠目から見ると、本当によく似ている。違うのは背と、そして笑い方くらいだろうか?
 弟さんの方が柔和に笑っているけれど、私はやっぱり、隆也さんの笑みの方が好きだと思った。

「2人とも、格好いいねぇ」
 ふいに弾んだ声で言われて、ドキッとする。
 確かに格好いい。背も高く、凛々しく、顔立ちも整ってて。声も、響きが良くて。紳士で。
 以前誕生日前に、隆也さんが学校に迎えに来た時――あの時も、学校の皆がきゃあきゃあと騒いでた。
 格好いいね、素敵ね、と皆が彼のことを口々に褒めて。上気した顔で、見つめてた。
 でも……。
 こんな気持ちにはならなかった。

 胸の奥がモヤモヤする。
 隆也さんのこと、見ないで欲しい。話さないで欲しい。素敵だなんて、褒めないで欲しい。
「阿部君、人気あるもんねー」
 お姉さんの1人が言った。
「狙ってる子多いよねぇ」
 お姉さん達がくすくすと笑う。
 分かってる。「阿部君」っていうのは弟さんのことだ。隆也さんじゃない、分かってる。
 ここには、隆也さんの知り合いはいない。彼をそんな目で見ている人は……いない。
 でも。

 うつむくと、自分の痩せた胸元が見えた。
 お姉さん達とは違う、まだ丸みの少ない、子供の体だ。
 直視できない程の色気には、まだ遠い。
 大人の中に入ると分かる。私は子供だ。まだ。でも。

「廉さん」
 もう一度呼ばれて、手を差し出されて。私は思わずお姉さん達の輪を抜けて、彼の元に駆け寄った。
 本音を言えば、抱き付きたかった。
 抱き付いて、そして彼からも抱き返して欲しかった。
 けれど、とてもそんな真似はできない。
 子供っぽくは振舞えない。
 私は隆也さんの前で立ち止まり、顔も見られずにうつむいた。

 私の表情に気付いたのだろうか。
「すみません、1人にして」
 隆也さんが静かな声でそう言って、羽織ってたパーカーを、ふわりと肩に着せかけてくれた。
 温かくて、乾いていて、彼の匂いがしてドキンとする。
「大丈夫でしたか?」
「は、い」
 うなずくと、隆也さんは私の肩に手を回し、別荘の方へと促した。

「暑いでしょう、少し中で休みましょう」
 弟さんが「えー」と騒いでいたけれど、彼は泳ぐことにしたのだろうか、中については来なかった。
 別荘の談話室に、イスを勧められて座る。
 ここの砂浜は砂が荒くて、足にもほとんどくっつかない。その為か、土足で上がるこの談話室にも、砂はほとんど落ちてなかった。

 涼しい風に吹かれながらスポーツドリンクを飲んで、ぼんやりと海を眺めてると、そっと胸に抱き寄せられて頭を撫でられた。
「疲れましたか?」
 優しく訊かれて、首を振る。
「じゃあ、やっぱり心細かった?」
 それは、間違いではなかったけれど――。

「嫉妬、しま、した」
 私は首を振って、そう言った。顔が、とんでもなく熱かった。

(続く)

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あきゅろす。
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