小説 3
盛夏恋・3 (にょた)
さすがにそのまま押し倒されはしなかった。
大人のキスの後、隆也さんは私の頭を撫で、頬とこめかみに軽くキスをして言った。
「泳ぎましょうか?」
「は、はい」
真っ赤になりながら、きっぱりとうなずく。
やっぱり弟さん達がいるからだろうか? それとも、海が楽しみだった?
抱かれるの、期待してたみたいに思われるのもイヤだったから、精一杯平然とした顔で、運んで貰ったトランクを開ける。
水着は、一番上に入れてあった。サービスにと付けて貰ったビニルバッグの中だ。
選んだのは、白地にピンクの小さなバラをいっぱいに散らしたセットビキニ。同柄のスカートと、ミニワンピがセットになっている、お母様一押しの水着だった。
「着せてあげましょうか?」
隆也さんが、私の肩を後ろから掴んで意地悪く言った。
「えっ?」
水着を着せるって……? とっさに想像してしまい、ボンッと顔が熱くなる。
もう、何てことを言うんだろう。
そんな、着物を着せるみたいに、さり気ない口調で言わないで欲しい。
「1人で着られ、ます」
何とかそう言い返したら、ふふっと余裕の顔で笑われた。
もう、こうやってからかわれてばかりだ。
すぐ赤くなるの、絶対分かってて楽しんでると思う。
「覗かないで、下、さい」
くらくらしながらバスルームに閉じこもり、鏡を見て、ふうと息を吐く。
我ながら真っ赤だ。
私が着替えてる間に、隆也さんも水着を着るんだろうか?
そう言えば、私だって、彼の水着姿を見たことがない。
背の高い、筋肉質のキレイな体。隆也さんならきっと、どんな水着でも着こなしてしまうだろう。
でも――無駄なことをあまり好まない彼だから。きっと、水着も派手さを押さえたシンプルな物なんじゃないのかな?
待ちかねた隆也さんに「まだですか」なんて言われないよう、私はなるべく手早く着替えた。
バスルームからそっと顔を覗かせると、案の定隆也さんは黒い水着に着替えていて、白のパーカーを羽織っていた。
隆也さんが私を見て、爽やかに笑いながら立ち上がった。
けれど、彼がこちらへ来る直前、部屋の戸がコンコンとノックされた。
弟さんだろうか?
水着姿を見られるのは、まだちょっと恥ずかしくて、私は出かかっていたバスルームにもう一度戻った。
男の人の話し声。それと、なぜだろう、女の人達の笑い声……?
「はあっ?」
隆也さんの声が聞こえた。
またちょっと怒ってる、みたい? どうしたのかな?
気になって、バスルームの戸を少し開けると――。
「あっ、おい!」
焦ったような隆也さんの声と共に、きゃーと騒ぐ高い笑い声が部屋に響いて。そして。
バッと、戸が引き開けられた。
悲鳴を上げる余裕もない。目の前には初対面の、派手な水着のお姉さん達。
「遊ぼー」
「遊ぼー」
口々にそう言って、笑顔で私をバスルームから引きずり出した。
髪が長かったり、短かったり。ビキニだったり、ワンピだったりするけれど、皆私より背が高く、お化粧をしていて……。
そして、私より大人だった。
「ちょっ……」
隆也さんが、また不機嫌そうな声を上げた。でも、彼の腕を、弟さんが強引に掴んでて放さない。
「兄さんはこっち。ねぇ頼むよ。三橋ちゃんは、皆に任せとけば大丈夫だからさー」
弟さんはそう言って、隆也さんをぐいぐい引っ張り、部屋の外に出そうとしてる。
隆也さんは……怒ってる。
「ふざけるな。それに、ちゃん付けなんかで気安く呼ぶな!」
そう言って弟さんを振り払い、大股でこっちに歩いて来た。
はあ、とすごく大きなため息。
せっかくの新しい水着なのに、とてもそんな雰囲気じゃない。
その原因の弟さんは、悪びれもしないで「えー」と言った。
「だって名前知らないし。三橋家のご令嬢なら、三橋ちゃんでいいでしょ? 誰ともかぶらないしさー」
それとも、と一旦言葉を切って、隆也さんの弟さんは、兄とよく似た端正な顔に、ニヤッと似たような笑みを浮かべて、こんなことを言った。
「それとも、『姉さん』って呼んで欲しい?」
こんな時、なんて応えればいいんだろう?
姉さん、なんて……まだ結婚してもいないのに。それに、シュンさんの方が年上なのに。
「み、三橋、でいい、です」
思いっ切りドモリながら、小声でそう言うと――。
「きゃー、可愛い〜!」
「きゃー、真っ赤〜!」
お姉さん達がまた口々に甲高く騒いで、そして私を抱き締めた。
私だって中学も高校も女子高だから、女同士でそうやってはしゃいで抱き合ったことはある。
でもそれは、気心のあったお友達で……同年代、で。
こんな、少し年上のお姉さん達に、しかも初対面の人に、気安く抱き付かれたのは初めてだった。
「あ、あ、あ、あ、の」
私は、必死でキョドらないように頑張って、隆也さんの顔を仰ぎ見た。
隆也さんは気遣わしげに私を見て、それからもう一度ため息をついた。
別荘の管理についての連絡事項があるとかで、隆也さんは弟さんに連れられ、水着姿のままで車に乗って出て行った。
そして私は、お姉さん達に囲まれて、誘われるままビーチに連れ出された。
ビーチには、当然だけど男の人達もいた。
全部で10人くらいだろうか。自己紹介もすんでない、初対面の方達。
お姉さん達にガードされてて、男の人達は近寄って来なかったけど、緊張する事には変わりない。
気まずくて、胸の奥がどよんとする。でも。
「日焼け止め塗ってあげるー」
そう親切に言われれば、断ることもできなくて。時々長い爪が背中をかすめるのを感じながら、私は黙って海を眺めた。
(続く)
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