小説 3
盛夏恋・2 (にょた)
一体何人が中にいるんだろう? 別荘の玄関を入った時点で、わいわいと騒ぐ声が聞こえていた。
男の人達の笑う声。きゃー、と甲高い女の人達の叫び声。
どうも、1人や2人ではなさそうだ。
「様子を見て来ます」
隆也さんはそう言って、私を玄関先に残し、大股で中に入って行った。
私も行きます、と、言いたかったけど言えなかった。彼の背中を見送りながら、不安で胸をいっぱいにしていた。
怖かった。ちょっと足が震えてる。
だって隆也さん、ものすごく怒ってる。
その怒りは、私に対してではなかったけれど……でも、久し振りに、私は彼のことを怖いと思った。
2人で過ごすハズだった別荘は、とても広い敷地を持つ、2階建ての広い建物だった。
1人で立ち尽くす、この玄関ホールも立派で広い。
別荘というより、小さめのリゾートホテルな感じ? 2階にも幾つかの部屋がありそうだった。
その広い別荘に――。
「シュン!」
隆也さんの大声がビリビリと響いた。
ビックリした。
隆也さんが大声を出すところなんて、見たことがない。
昔、彼が高校で野球をしていた頃、グラウンドの中でなら……それは、見たことがあったけれど。
でも、それは怒声じゃなかったし、ここはグラウンドじゃないし、隆也さんだってもう、高校生じゃない。
迷ったけれど、私は思い切って、声のした方に向かって歩いた。
板張りの床は、そっと歩いてもコツンコツンと音がする。
きっと、奥にまで足音は響いているだろう。
隆也さんの耳にも、きっと。
隆也さんの一喝以降、騒がしい声はもうしない。
中はしーんと静まって、でも、奥へ進むと話し声が聞こえて来た。
「いーじゃん、もうくつろいでるんだし。っていうか、オレ達の方が早かったんだからさ、早いもの順でしょ?」
砕けた口調で隆也さんと話してるのは……「シュン」と怒鳴られた相手だろうか?
名前もよく覚えていないけど、隆也さんの弟さん?
「ふざけるな。随分前から、ここを使うからと言ってあったハズだ」
隆也さんは落ち着きを取り戻したみたいで、もう怒鳴ってはいなかった。
でも、口調がやっぱりいつもよりキツイ。まだきっと怒ってる。
なのに、「そーだっけ?」と相手が軽く答えているのは……隆也さんを恐れてないっていう証拠だろうか?
慣れてるから? それとも、家族だから?
「主寝室は開けてあるからさ、兄さん達はそこを使いなよ」
兄さん、と隆也さんのコトをそう呼んで、ソファに座ってた人がこちらを見た。
「当たり前だ!」
隆也さんが言い捨てて、弟さんに背を向け、私の方に戻って来る。
苛立たしげな顔。大きなため息を真横で聞かされて、ドキッとする。でも、私の肩を抱く腕は、温かくて優しい。
「すみません、弟が勝手な真似を」
隆也さんはそう言いながら、弟さんを振り向いた。
その弟さんはというと、ソファから立ち上がって、にこやかに笑ってる。
さっき、大声で怒鳴られたことなんて、何とも感じていない感じ。
慣れてるのだろうか? それとも、彼のコトを怖がってない?
「おー、いらっしゃい! こんにちは!」
弟さんは無邪気そうに笑いながら、私の方に近付いて来た。
「久し振りだねー、オレのコト、覚えてる?」
気安く訊かれても答えようがなくて、私はあいまいにうなずきながら、そっと隆也さんの顔を仰ぎ見た。
婚約者として、きちんと挨拶できなきゃダメだっただろうか?
一瞬不安に思ったけれど、杞憂だったようだ。
「お前のことなんか、覚えてる訳ないだろう」
隆也さんは弟さんにまた言い捨てて、私の背中を軽く押し、再び玄関ホールにカツカツと戻った。
そう言えば荷物はまだ、車のトランクに入ったままだ。
駐車場に停められた、隆也さんの黒い高級車。
その横には、弟さんとそのお友達の車なんだろうか、赤いスポーツカーや、グレーのワゴン車が停まってる。
車の前まで戻ってから、隆也さんがもう一つため息をついた。そして、訊かれた。
「どうします? かなり騒がしいし不安だが、弟達の事は気にしないで、予定通りここで過ごしますか? それとも、この間プレゼントした、高原の別荘に行きますか?」
水着は残念ですが。
そう付け足すように言われて、ふふっと笑う。笑うと、ちょっとだけ気分が軽くなった。
そんな軽口が言えるのなら、隆也さんも、もうそんなには怒ってない、みたい?
「そう、ですね」
私はよく考えて、それから隆也さんの顔を見た。
「あの、移動はいつでもできます、から」
このまま弟さん達とご一緒して。仲良くできればそれでいいし、もしできなくて、また喧嘩みたいになるようだったら、その時は高原に移動すればいいと思う。
私は人見知りだし、どもり癖があるし、弟さんはともかく、そのお友達の方々とうまくお話しできるかは不安だけど。
でも、このまま移動してしまうのも、何だか失礼な気がする、から。
「じゃあ、まずはここでいいんですね?」
隆也さんの言葉に、こくんとうなずく。すると彼は「分かりました」と言って、優しく頭を撫でてくれた。
車のトランクから荷物を出し、私も軽い物を幾つか抱えて、別荘の中にまた戻った。
弟さん達は皆、海の方に行ったのだろうか。建物の中はしんとしてて、庭の奥の方から笑い声が遠く聞こえてくる。
階段もやっぱり板張りで、歩くたびにコツコツと足音が高く鳴った。
主寝室、と弟さんが言った部屋は、2階の1番奥にあった。
この別荘の、多分1番メインの部屋。
部屋自体は特別広いとは感じなかったけれど、内装が何となく、可愛らしかった。
天蓋付きの大きなベッドは、5人くらいでも寝られそうなキングサイズ。夏らしい、薄水色のレースで飾られている。
ソファもカーテンも薄水色になっていたから、色を揃えてあるのだろう。
もしかしたら、お母様のご趣味かも知れない。
荷物を床に置いた途端、後ろでカタンと内鍵のかかる音がした。
ハッと振り向くと、同時にぎゅっと抱き締められる。
上を向かされて、キスされて。彼の舌を感じながら、私は。弟さん達の楽しげな笑い声を、窓の外に聞いてた。
(続く)
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