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小説 3
事件です、若旦那・9
 朝。メイド服はしわしわで、色んな汚れでカピカピになっていて、とても着れたものではなくなっていた。
 そして三橋も、起き上がれるものではなくなっていた。
 若旦那だけが、妙にスッキリした顔になっていて、理不尽だ、と三橋は思った。
「こんな服、洗濯に出すの、イヤです、よ」
 床に臥せったまま三橋が言うと、若旦那は「じゃあ記念に置いとくか」と応えてニヤリと笑った。
 それもイヤだ。
 全く、ヘンタイだ。しかもエロくて、絶倫だ。

 なのに、好きなんだよ、な。

 しかし、そんな事を口にしてしまうと、バカ旦那は調子に乗るだけなので、黙っておく。
 いつでも出て行くよ、と思わせておくくらいで丁度いい。
 ……三橋はそう思っていた。


 コンコンコンコン!
 いささか乱暴に、部屋のドアがノックされた。いつものように、若旦那がドアを開けに行くと、いつも冷静な執事が、慌てたように言った。
「事件です、若旦那」
「あー、事件?」
 面倒臭そうに若旦那が訊くと、執事は早口で説明した。
「昨日のお客人が、逮捕されました。この前の女性を殺した犯人だったそうで」
「あー、そう」
「悪い連中と一緒に、鯉ヶ淵のとこに縛られてたんだそうですよ」
「はあん」
 若旦那が、あくまで興味なさそうにするので、執事はちょっとムッとしていた。

 三橋は逆におかしかった。素っ気無い口調であしらってはいるけれど、実際は興味津々だってこと、声を聞けば分かったからだ。

 ムッとした顔で、執事が言った。
「それで、警察の方が来ていますよ」
「はぁ? 警察?」
 若旦那が、今度は心底、面倒臭そうに言った。



 メイド服は、勿論デザインの違うものを数着持っているので、洗い換えには困らない。ただ、カピカピに汚れた服をランドリーに持っていくと、洗濯係のおばさんに、うすーく笑われた。
 自分のせいじゃない、若旦那のせいなのに。理不尽だ、と三橋は思った。

 それから、警官達にお茶を出すように言われた。
 四人分、と言われ、三橋は重い体を引き摺るように、四人分のお茶を銀盆に載せた。
 ノックの後、応接間のドアを開け、中を見て三橋は驚いた。
 警官二人と向かい合うように。若旦那の隣に、先輩メイドが座っていた。
 先輩は泣いていた。
 泣いている彼女を、優しく慰めるように、若旦那が頭を撫でていた。
 それを見て、ちりっ、と胸の奥で火花が散った。

「もういいから、行きな」
 若旦那が優しく言い、先輩はふらりと立ち上がって、泣きながら三橋の元に来た。
「大丈夫、です、かー?」
 三橋の言葉に、うんうんとうなずき、それでも先輩は顔を上げない。ちらりと若旦那の方を見ると、すごく苦い顔をしている。
 三橋は何となく悟った。……全部バレたんだ、と。

 応接間を出てから、物陰に隠れ、先輩と二人でちょっと話した。
「堕胎薬なんて、最初から無かったんだって。馬鹿みたい、あたし」
 先輩は言った。騙されていたんだと。売春していた少女達も、そして結果的には、元締めだったあの女も。

「あの薬問屋のオヤジ、最初から持ってないのに、持ってるフリして、お金だけ取ってたんだって。それで、納品迫られて。しつこいからって、姐さん殺しちゃったんだって。姐さん、いい人だったのに」

 それだけ一気に言った後、先輩は、わっと泣き崩れた。
「姐さんいないと、相談もできない。どうしよう、あたし、どうしよう。お暇出されちゃう、どうしよう」
 こんな時、気の利いた事を言ってあげられる程、三橋は器用ではなかった。
 ただ、女の子は、泣かせてあげていいと思う。
 「泣くな」とか「前を向け」とか……叱らなくてもいいと思う。

 三橋は、若旦那がしたように、先輩の頭を優しく撫でた。
 女の子って小さいなぁ、とちょっとだけ思った。

(続く)

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