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小説 3
事件です、若旦那・6
 それから数日は、若旦那自身も大人しくしていた。
 三橋に「首を突っ込むな」と言った手前、そうせざるを得なかったのかも知れない。
 何故なら、若旦那が夜遊びに出かければ、三橋が怒って探しに来てしまうのは明らかだったからだ。
 三橋の方はと言うと、先輩メイドと、少し親しく話すようになった。
 けれど話題と言えば、手に入らなくて困っていると言う、堕胎薬の事ばかり。

「薬屋さんとか、じゃ、ダメです、か?」
 三橋が訊くと、先輩は首を振った。
 どうやら、表立って売れない類のものらしい。道理で、高くふっかけられていたハズだ。
「じゃあ、診療所、とかは?」
「だめよ。それじゃお屋敷にバレちゃうじゃないの」
 そんな事になったら、首になってしまう……と、先輩は言った。

 そもそも先輩は、この阿部家のメイドの制服で「売り」をやっていたんだそうで、それも含めて、知られると大層まずい事になるらしい。
 成程、そんなものかと思う。
 では、どうするか。


 悩んでいる矢先に、若旦那に来客がやって来た。
 聞けば、どこかの薬種問屋の人間らしい。もしかしたら、いい話が聞けるのではなかろうか。そう思って、いそいそとお茶の用意をしようとしたら、先輩に止められた。
「三橋ちゃんには持って来さすなってさ」
「うえ?」
 三橋は驚いた。
 だって、三橋は若旦那の専属メイドだ。若旦那の客のもてなしは、普通、三橋の役目なのに。
 まだ、この間の事、怒っているのだろうか?
 それとも……三橋に会わせたくない人物なのか?

「お客さん、薬種問屋さん、らしいです、よー」
 三橋は先輩にそう教え、ふてくされたフリで、その場を後にした。
 そして屋敷をそっと出て、門の様子を物陰からうかがった。
 やがて先輩に見送られ、お客が門にまで出て来た。先輩が縋るように何か言ったが、お客は冷たくあしらって、足早に去っていく。
 堕胎薬の事でも聞いて、突っぱねられたのだろうか。
 先輩の様子も気になったが、三橋はそっと、薬種問屋を尾行した。
 尾行といっても、向こうは三橋の事を知らないんだろうから、そう難しくはなかった。ただゆっくりと後ろを歩き、彼のお店の前までつけた。

 のれんの外から、そっと中を覗いて見る。どう見ても、怪しげなところは無い。普通の、真っ当な薬問屋さんだ。
 メイド売春なんかと、関わりなんかありそうにない。
 三橋はため息をついて、店を離れようとした。すると、中から声をかけられた。

「扱っていませんよ!」

「ふえ?」
 驚いて振り返ると、藍色のエプロンをした店員が立っていた。さっきのお客の人ではない。けれど、尾行がバレたかと一瞬思い、三橋は身構えた。
 しかし、その店員から投げられたのは、全く違うセリフだった。
「うちは見ての通り、真っ当な商売をやらして貰ってるんです。あんた達のような人間に、店の周りをうろつかれたんじゃ、困るんですよ!」

 どうやら、堕胎薬を求めて来てると、勘違いされているようだ。その口調からすると、かなりのメイド達が、ここを訪れているらしい。
「あ、す、すみません」
 三橋は取り敢えず謝って、急いで店の前から逃げた。
 けれどふと気になって、裏手の方に回ってみる。
 と、何やら話し声がした。
 三橋は周りを素早く見回し、ふわり、と屋根の上に上がった。
 夜ならともかく、今はまだ昼間で……慎重に身を伏せてないと、見つかってしまいそうだった。こんなところを見られたら、誤魔化しようがない。
 慎重に慎重に、息を詰めて。
 三橋はそれらの話を盗み聞きした。


「あの若旦那には、一人で来るよう言っておいたから」

 さっきの、お客がそう言った。

「まあ、バカ正直に一人で来たりはしないだろうけど、素人が数人集まったって、問題はないだろう?」

 そばにいるもう一人が、「まあな」と笑った。
 イヤな笑い方だった。

(続く)

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あきゅろす。
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