小説 3 パイレーツ・5 ミハシは強張った顔のまま、捕えた海賊の正面に回り込んだ。 「ハルナ=モトキ、だな?」 問いかける声も、固く低い。 「キャプテン・ハルナ=モトキ様だ。呼び捨てすんなよな〜」 ハルナは銃と剣を奪われ、ロープで縛られながら、それでも顔を上げて偉そうに言った。 「総督の令嬢を、攫おうとしたな?」 「海に落ちたんを真っ先に助けてやって、何が悪ぃ? お前ら海軍がぐずぐずしてっから、見かねてオレ様が行ってやったんだろぉ〜?」 詰問するミハシとは対照的に、ハルナは余裕を崩さねぇ。 「公衆の面前で、辱めた、だろ?」 声を上ずらせ、怒りに震えてるミハシ。でも海賊の方は、ふんと鼻で軽く笑った。 「ドレスが重くて溺れてたからぁ、仕方なく脱がしてやったんだよなぁ〜」 「息してなかったからぁ、コルセットも外したんだしぃ〜。オレ様が人口呼吸までしてやったから、まだ生きてんだ。感謝してもいいくらいだけどなぁ〜?」 胸をこれでもかと張り、ふんぞり返りながら答える海賊の様子は、マジ偉そうな事この上ねぇ。 いちいち語尾を伸ばして、バカみてーな喋り方してんのにも腹が立つ。 けど、ウソは言ってねぇように見える。 なんとなく。 もしウソじゃねーんなら……いや、でも。 「なのにさぁ、あの女、人の顔引っぱたきやがって」 ふん、と悪態をつく海賊の顔は、よく見りゃ左の頬が赤い。 「当たり前だ! ご令嬢は提督閣下の婚約者だぞ!」 ミハシの部下の一人が言った。 「へぇ〜、大事なヒトってか?」 ハルナのからかうようなセリフに、兵士達は一瞬顔色を変えた。けど、ミハシはまるで動揺もしねーで、小さく手を上げて部下を制した。 「助けてくれたのは、感謝する。だが、それで帳消しになる程、お前の罪は軽く、ない」 固い顔、固い声でミハシは静かにハルナに言う。 こいつがどれ程の悪党なのかは知らねーが、海賊は、たとえ雑魚でも縛り首だ。 「連れて、行け!」 ミハシの命令に従い、兵士達はハルナを乱暴にどやしつけた。 「押すな。触んな。自分で歩けるっつの」 海賊は騒がしく文句を言いつつ、兵士に従って工房を出ようとする。けど、直前に足を止めて、こっちの方を振り向いた。 「なあ、そこの閣下」 ハルナがミハシに言った。 「お前にとって、この鍛冶屋は何だ?」 なんでそんなコトを訊く? ハルナはニヤニヤと、人の悪そうな笑みを浮かべてる。 「こいつさっき、オレが戸口でお前を待ち伏せしようとしたら、必死な顔で『ミハシ〜』って叫んで、邪魔してくれたんだ。銃向けても怯まねぇでさ。ミハシって、お前だろ、閣下? なあ、どういう関係?」 「答える必要は、ない」 短く拒絶したミハシに、海賊はさらにいやらしく訊いた。 「答えらんねーよーな関係なんだ?」 「はぁ!?」 オレが言うと同時に、ミハシも叫んだ。 「侮辱、する、なっ!」 顔が赤い。怒りに震えてる。 「アベ君、は大事なトモダチ、だっ!」 ハッとして、ドキンとした。 それは……ホントなら、喜ぶべき言葉なんだろう。けど、素直にそうとは思えなかった。 侮辱。 トモダチ。 何の気ねぇセリフだけど、それがミハシの本音なんだ。多分。 オレの横恋慕なんか、迷惑なだけだ。 「だってよ、タカヤ」 名を呼ばれて顔を上げると、ハルナは。ニヤニヤ笑ってオレを見てた。 「鍛冶屋じゃねぇお前のことも、おトモダチは、そう思ってくれっかな?」 ……鍛冶屋じゃねぇオレのことも、って。 どういう意味かとは訊けなかった。訊かなくても分かった。 あくまでこいつは、オレを仲間にしてーのか? タカヤって。オレを呼ぶな。 知り合いみてーな顔すんな。オレは何も覚えてねーっつの! 海賊なんて知らねぇ! 「もう、いい!」 ミハシが大声でそう言って、それに応じるように、兵士達が海賊を工房の外に連れ出した。 「ほら、べらべら喋るな。黙って歩け!」 兵士達の声。大勢の足音が遠ざかって行く。 ミハシはなぜか1人残り、黙ったままオレに向き合った。 「どうした?」 オレは、視線を下げてミハシに訊いた。 琥珀色の目にじっと見られてんのに気付いてっけど、やっぱ顔を上げらんなかった。 ミハシは当たり前だけど、正装のままだった。 他の兵士は赤を基調にした上着だけど、提督になったミハシは、紺の上着だ。 恐る恐る顔を上げて、強張ったままの白い顔を眺める。 別人のように大人びて見えんのは、単に服の色が替わったから? 「制服……新しくなったな。帽子も。よく似合ってるよ」 もっかい視線をそらしながら褒めてやったら、ミハシはそれには礼も言わず、「アベ君」とオレを固い声で呼んだ。 「アベ君は……鍛冶屋、やめないよ、ね?」 ミハシは。なんで今、そんなことを訊くんだろう? 「当たり前、だろ」 声が震えた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |