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小説 3
事件です、若旦那・5
 世にメイド好きの男が多い事を、勿論、三橋も知っていた。
 若旦那なんかは特にそうだ。
 今、このメイドの格好というのは、巷で大いに流行っている。コスプレなんかも流行っている。だから、メイドの格好をしている少女が、必ずしも本当の職業メイドとは限らない。
 カフェーの女給や、大店の売り子なんかも、スカートの色が水色だったり桃色だったり茶色だったりするけれど、良く似た制服を着てたりする。
 それは知っていた。
 メイド好きの男が多い事も、知っていた。

 けれど……メイド売春が流行っている事は、全然知らなかった。
 「売る」のは、春を売ること。
 「買う」のは、堕胎薬を買うこと。
 堕胎薬の値段は、春を売る値段よりも高額らしくて。欲しければ、なお一層、「売る」ことに励まねばならない……という話を、三橋はぐるぐるしながら聞いた。
 三橋のメイド服は、ヘンタイ若旦那のシュミが入っていて、普通の職業メイドよりも、スカートが短い。他の男の目など、気にした事もなかったけれど……確かに、狙ってそうな格好ではあった。
 だから、水色スカートの娘も、三橋のことを、仲間と疑わなかったようだ。ただ、やはり不慣れな様子だったので、「初めてなの?」とは訊かれたが。

 それより驚いたのは、その場に知り合いが現れた事だ。
 三橋は彼女を見て、慌てて路地の奥に引っ込んだ。
 知り合いがいる、と言った三橋に、水色スカートの娘は笑って言った。
「大丈夫、あの子も常連だから!」
 そして、三橋が止めるのも聞かずに手を振った。三橋の顔を見て、先輩が言った。
「三橋ちゃん……何で?」
 訊かれたって、答えようがなかった。


 三橋はその後、阿部家の先輩メイドと二人、肩を並べて屋敷へ戻った。
 先輩は、全部ばれたと知って開き直ったのか、三橋に詳しい話を教えてくれた。
 あの色っぽいお姐ちゃん、は、メイド売春の元締めだったらしい。それなら彼女が死んだ事で、このいかがわしい売り買いの話なんかも、立ち消えになるんじゃないか。
 三橋は単純にそう思ったが、先輩は青い顔で首を振った。堕胎薬が無いと困る、と言って。

「あんた、若旦那のお手つきでしょ? ねぇ、もし赤ちゃんできちゃったら、どうするの? まさか、結婚できるとか、そんな夢見てないわよね?」

「う……は、い」
 どう答えればいいのか、三橋には分からなかった。
 三橋は男だ。
 妊娠なんかするわけないし、堕胎薬も要らないし、結婚だってできる訳ない。
 女のなりだって、必要があってやってる事だし、若旦那の事だって、まあ成り行きみたいなものだった。
 男と女では、色々抱えるものの重さが違うのかも知れない、と、三橋はつくづく考えた。


 屋敷には、若旦那が先に帰っていた。
「どこ、行ってたん、です、かーっ!」
 三橋が怒ると、逆に「こっちのセリフだ!」と怒られた。
「お前、どこほっつき歩いてたんだよ!」
「鯉ヶ淵です、よー」
 三橋はむくれてそっぽを向いた。
 元はといえば、バカ旦那が屋敷を抜け出したから、追いかけて行っただけなのに。バカ旦那がちゃんと屋敷にいてくれれば、そもそも三橋は外に出たりしなかったのだ。
 それなのに、怒られるなんて。
 理不尽にも程がある、と三橋は思った。

 大体……あの女が、メイド売春の元締めだったなら。バカ旦那はあの女に、どんな用事があったというのだ。
「売り買いの、話、聞いちゃいました」
 三橋は、腕組みをして、精一杯怖い顔で言った。
「メイド売春、の、元締めさんと、昨日、どんな話をしてた、ですかっ?」
 若旦那のヘンタイシュミは、よく知ってたハズだったけど。売春なんて。
 毎晩三橋の体を好きにしていながら、まだ足りないと言うのか。やっぱり少女の方がいいと言うのか。
 ……道理で、歯切れが悪かったハズだ。
 道理で、イヤな顔をするハズだ。
 よくも、「色々事情があるんだよ」なんて言えたものだ。色事事情の間違いじゃないか。
 榛名だって……知ってたんじゃないのか。

 けれど。
 若旦那は、恥じ入ったり反省したりしなかった。逆に、ダン、と拳をテーブルに打ち付け、立ち上がり、三橋のブラウスの襟首を掴み上げた。
「いいか」
 見た事もないような、真剣な顔で、若旦那は三橋に言った。
「これ以上、首突っ込むな。お前はここで、大人しくしてろ」

 その迫力に声もなく……。
 三橋はうなずくしかできなかった。
 胸の奥に、冷たいものがわだかまった。

(続く)

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