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小説 3
Pick&ChooseU・3
 けど、バッテリーの時間は、そう長く続かなかった。
 文化祭初日。
 オレは朝から三橋と引き離され、告知看板持たされて校内巡回させられることになったんだ。
 勿論、矢部の陰謀だ。多分。
 今頃三橋は、矢部と一緒に接客当番してるんだろう。
 くそ。客として居座って、ずっと三橋にオレの接客させてやろうと思ってたのに。

「甲子園喫茶でーす」
 声を出しながら、やけくそのようにビラを配りまくる。
 ビラにはメニューと場所、サービス内容が書かれてる。割引券が付いてっから、人を選んで配るようにって言われてっけど、知った事じゃねーし。
 つーか、配り終わるまで帰ってくんなって、冗談じゃねーし。
 こんなもん、配ったモン勝ちだろう。
「割引券でーす」
 そんなコト言いながら、誰彼かまわず片っ端から差し出してたら、わーっと女達に囲まれた。

「阿部センパーイ、何配ってるんですかー?」
「どうしてユニフォームなんですかー?」
「センパイのクラス、何されるんですかー?」
「何の割引券ですかー?」
「えっ、野球部員と撮影会って。センパイとも写真撮れるんですかー?」

 ビラ見りゃ分かるだろって事を、なんでこいつらはいちいちオレに訊くんだろう?
 先輩呼びってコトは、下級生か?
 でも、顔も名前もワカンネーし。つか、もう三橋以外眼中にねーし。
 うんざりしつつ、けどまあチャンスだと思い直して、持ってたチラシを束で渡した。
「おー、友達と皆で来てくれよー」

 そう言った瞬間、「キャーッ」とうるさく叫ばれて、正直「ウッゼー」と思ったけど、ビラ数十枚貰ってくれたし。まあ、客として来てくれんのなら誰でもいーや。
 少なくとも、「三橋と握手」や「三橋と撮影会」はねーんだし。握手や撮影の当番は、今確か田島だったしな。
「じゃーセンパイ、お返しー」
 ビラを受け取った女子が、そう言ってカラフルなチケットをくれた。
「うちにも来て下さい、サービスします!」
「ずるーい、うちにもーっ!」

 1枚貰ったら、あちこちから次々差し出された。まあ、くれるってんなら貰うけど。
「あー、あんがとな」
 ちらっと見てポケットにしまい、適当に声を出しながら、また残りのビラを配り始める。
「甲子園喫茶でーす。割引券でーす」
 何でもいーから早く配って、早く自由になりたかった。


 メニューつっても、出すのはおにぎりばっかりだ。いや、おにぎりじゃなくて……ライスボール。
 中身は、昆布とおかかが100円で、梅と鮭が120円。あとは、麦茶とかちわり。
 けど、そんなんでも需要はあったみてーで、ビラを配り終えて教室に戻ると、買い出し班が走ってく所だった。

 買い出し、三橋とだったら一緒に行ってやっても良かったんだが……三橋は三橋で、まあまあ忙しそうだった。
 盆で皿やコップを運んだりして、結構マメに働いてる。
 皿もコップも安物のプラ製だから、落としたって割れねーし、怪我の心配もねぇだろう。

 甲子園のパノラマ写真、他校の選手たちがずらっと並んでる部分を隠すように、オレ達の写真が貼られてて、そこに田島が座ってる。
 会計係兼、握手当番? 食券前払い制だから、こいつんとこで、4人ほど並んで待っていた。
 会計と握手と、両方やろうとすっから並ぶんじゃねーか? つっても田島じゃ、どっちか代わってやろうって気になんねーけど。

 で、その後ろ、ついたてで仕切られた裏スペースを覗くと、こっちはボール作りで大騒ぎみてーだ。
「炊けたよー」
 と、そんな合図で、裏方係がわっと集まった。
 みんな茶碗を2個ずつ持ってて、そういや誰かがそんな作り方するんだとか、ずっと前に言ってたな、とどうでもいいことを思い出した。
 注文取ってから作るんじゃねーんだな。
 つか、客はまだ少ねーけど、これからドッと来たりすんのかな?

 興味無かったせいもあるけど、文化祭は秋体の直前だから、去年もあんま参加してねぇ。
 メシを出すとこって、やっぱ昼前後は混むんかな?
 時計を見れば、10時半。ビラ配りに、結構時間食っちまった。

「あ、べくん」
 呼ばれて振り向くと、ついたての向こうから三橋が顔を覗かせてた。
 メシの匂いに引かれたか?
「おー。忙しそうだな」
 声を掛けてやると、にこっと嬉しそうに笑って、ぐるっと回って来ようとする。
 けど、ここはゴチャついてっし、色々危ねぇ。
「三橋……」
 こっち入って来んなよ、と注意しようとしたけど――先を越された。

「三橋! そっちはダメ! 炊飯器でヤケドしたらどうするのっ!」
 矢部の声だ。
「茶碗も危ないし、アイスピッケルだって。大事な指、気を付けなきゃダメなんだからねっ!」

 言ってることは正しいけど、ウゼー。
「う、うん。ありがとう、矢部さん」
 素直に礼を言う三橋にも、ムカッとする。

「三橋ぃ、ちょっと」
 オレはポケットから、さっきビラの代わりに色々貰ったカラフルなチケットを取り出した。
「いっぱい貰ったんだけど、食いに行かねー? 最後の文化祭だし、楽しまねーとな?」
 チケットをババヌキみてーにずらっと並べて、誘うようにひらひら見せると――三橋の目が、輝いた。

(続く)

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