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小説 3
Pick&ChooseU・2
 そして、文化祭前日。
 学校中が何となくそわそわし始めた午後、授業も全部なくなって、全校一斉に文化祭準備に取り掛かった。
 去年までオレ達は通常練習してたから、こんな風に準備風景を見んのは始めてだ。
 といっても、オレは興味無かったから、三橋を誘って早く帰ろうとしたんだが……泉と田島に邪魔された。

「はー? 設営は任せていーんじゃねーの?」
 そう訊いたら、「ふざけんな」ってさ。
 前に誰かに言われたコト、マジ期待してたんだが、本気にしちゃ悪かったらしい。
 その上三橋までもが、「オレ、手伝いたい!」って。
「さっ、最後の文化祭だ、から、オレ、手伝いたいっ!」
 そんな風におねだりされたら、妥協せざるを得ねーだろ!

「三橋がそう言うんなら仕方ねーな」
 引退したとはいえ、大事な投手に変わりねーし。この先だって野球するんだ。指とか手とかに、つまんねーケガしねーように、オレが見張ってやんねーと!

 と、心に誓った矢先、矢部がオレ達の間に割り込んで来た。
 ぐいっとヒジで押しのけられて、ムカッとする。
「三橋、手伝うんなら、一緒に台拭きしよっか」
 両手に台拭き持って、「一緒に」を強調する図々しい矢部。
「う、うんっ」
 とか、笑顔で返事してる三橋にもムカついて、オレは矢部の手から台拭きを片方取り上げた。
 そして、両手でよく揉みしだき、針もピンもホッチキスの針も、何も刺さってねーか検針する。

「おし、三橋。この台拭き、安全だぞ」
 どうだ、この心遣い。ただ台拭き持って来るだけじゃ甘いんだよ。一朝一夕じゃできねーっつの。
 オレが自信満々で差し出した台拭きを、三橋は輝くような笑顔で受け取った。
「あ、ありがとう、阿部君っ」

 勝った!

「おー」
 平然と返事しながら、笑顔で矢部を見てやってたら、そのオレの目の前で、三橋は――。
「はい、これ、使って。安全だ、よっ」
 そう言って、オレの検針した台拭きを、矢部の手に持たせた。
「矢部さん怪我したら大変だ、から、ねっ」
 って。
 何だそれ!?

 ふと視線を感じて見れば、矢部がすっごいドヤ顔でオレを見返してる。
 ムカつく。
 オレの後ろで田島と泉が、声殺して笑ってんのもムカついた。

 オレ達が取り込んでんの、見て分かんねーんだろうか。それとも知ったことじゃねーんだろうか。
「ちょっと、背ぇ高い人手伝ってー」
「阿部ー」
 黒板の方で名前を呼ばれて、「あー?」と目を向けたら「パノラマ手伝って」って手招きされた。
 教室の中に360度、ぐるっとプリントした写真を貼るらしい。
 面倒くせぇ。今忙しいっつの。
 けど、返事をしないで突っ立ってたら、三橋に背中をグイッと押された。
「阿部君、呼ばれてる、よ」

 ちっ。呼ばれてんのは分かってるって。オレはお前と一緒にいたいんだよ!
 でも――。
「頼りにされてる、ね。阿部君は、スゴイなぁ!」
 そんなキラキラの笑顔で言われたら。くそっ。
「……まーな」
 イヤでも短く返事して、作業に参加するしかなかった。


 そもそも展示喫茶をしよう、と言い出したのは、男子の1人だったらしい。
 親が小さな印刷会社やってて、ポスターみてーなデカい紙にも、何でもプリントできるからって。
 そいつが最初思い描いてたのは、校舎の屋上からの景観を360度写して、教室にぐるっと貼り付けた「疑似展望喫茶」だったらしいんだが……。

 甲子園。

「スッゲーなー……」
 泉の感嘆に「あー」と応えながら、オレはゆっくりと教室を見回した。
 その壁には、甲子園のパノラマ写真が360度、ぐるっと貼り付けられている。つーか、貼ったのは主にオレだけど。
 しかし、探せばあるもんなんだな。
 何年か前の、開会式の写真。もちろん、そこに並ぶ球児たちの中にオレ達はいねぇ。
 いねぇけど、空気感は同じで――。
 一気に、意識が夏に戻る。

 三橋はぽかんと口を開けて、教室の後ろ、スコアボードを眺めてる。
 矢部がその横に立って天井を見上げ、「青空が欲しいね〜」とか話しかけてるが、三橋は返事もしやしねぇ。
「ねー三橋、マウンドはどの辺?」
 矢部は気を引こうとしてか、ずーっと三橋に話しかけてるけど、さっきから無視されっぱなしだった。
 可哀想に。
 悪いな、矢部。マウンドの位置もワカンネー女は、お呼びじゃねーぜ。

 オレはニヤッと笑って、声を張り上げた。
「三橋ぃっ!」
 すると三橋はびくんと背筋を伸ばし、オレの方を振り向いた!
 右手のひらを掲げてやれば、ほら、笑顔で飛んで来る。
 オレの右手に右手をパシッと打ち合わせ、三橋がキラキラな目でオレを見た。
「阿、部君っ」
「おー」

 今度こそ、勝った!

 オレは満面の笑みを浮かべ、矢部を見た。
 矢部の垂れ目が、怒りで吊り上ってる。
 見せつけるように三橋の肩をガシッと抱いてやれば、歯ぎしりまでして、もう鬼みてーな顔つきだ。
「阿部……」
 泉に呆れ顔されたが、外野は遠くで見てろっつの。

 今はバッテリーの時間だぜ!

(続く)

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あきゅろす。
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