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小説 3
ギャップ・4
「レン君、今人気よねぇ、ほら〜」

 ほら〜、と言ってオバサンは、オレに女性週刊誌の表紙を見せた。
 そこにはあいつが、バストショットで映ってた。
 こっちを見てる。笑顔だ。
 ドキッとした。
 けど、動揺を何とか抑え、「そっすか」とか適当に返事して、バイトに戻った。

 女性誌か。そうか。男モデルだからって、男性用ファッション誌にしか出ねぇってコトはねーのか。
 つーか、女に人気あるんだ。
 まあ、あんだけエロい体さらしてたら、そうなるか?

 オバサンは気付いてんのかな? その「レン君」が、さっきここにいたかも知んねーって。
 普通気付くよな、あいつ、目立つし。
 けど、オバサンはいつも通りで。興奮もしてねーし、浮かれてもねぇ。気付いててもキャーキャー言わねーのは、大人だから?
 それとも、やっぱ別人だった?
 接客した店長はどうなんだ? おっさんだし、興味ねーだろうか?

 オバサンにも店長にも何も訊けねーまま、バイトを終えて家に帰った。
 1人暮らしのアパートで、カバンからまたあのファッション誌を出してみる。
 こっちを向かねー横顔。
 何だよ。あの女性誌の表紙と大違いじゃね?
「くそっ」
 ムカムカした。
 何がムカつくのかワカンネーけど、モヤモヤしてムカムカした。

 腹立ちまぎれに、ファッション誌のページを乱暴にめくる。
 他にあいつがいねーかと思って。
 そしたら――見開きの広告に、また。あいつが。
「エッロ……」

 それは、黒いスマホの広告だった。
 防水らしい。
 夕立にでも降られた設定? 大雨をバックに、カフェの軒先で雨宿りしながら、ずぶ濡れのあいつがスマホを耳に当てている。
 空いた手で、濡れた髪を掻き上げる仕草が、相変わらずエロい。
 仕立てのよさそうな上品なスーツに、幅広のネクタイ。隙のなさそうな襟元に、白い喉を伝って1滴、雨のしずく、が――。

 ドクン、と下半身に血が集まる。
「はっ……」
 男相手にバカげてる。そう思うのに、手が伸びる。
 触れてしまえば、もう後は、出すコトしか考えらんねぇ。罪悪感も、背徳感も、敗北感も、全部霧散して快楽に溶ける。
 顔を見てらんねーで目を伏せたら、脳裏に浮かぶのは、この間のシャツ越しに勃ってた乳首。
 あれを、舐めれば。
 どんなふうに固くなり、あいつは、どんな声を出すだろう?
 あの白い肌を、朱に染めて……。

「……って、重症だっつの、くそっ」
 べとべとに汚れた手を、ティッシュでおざなりにぬぐいながら、その生臭さに泣きそうになった。
 どうしようもなく惹かれてる自分に気が付いた。


 到着したばかりの商品を、コンテナから品出ししてくのは、手間な作業だ。
 漠然と並べりゃいいって訳じゃなくて、ちゃんとそれぞれ、プライスカードの張られた定位置がある。
 サンドイッチにサラダ、弁当。上に重ねられたコンテナの分から、順番に棚に詰めていく。売れ筋の棚はガラガラになってる事も多いから、そこに商品を詰めてく作業は、できるだけ素早くやる事になってる。
 つっても、人手がねーから、オレ1人が迅速にやるってことだけど。

 集中して弁当を並べてると――デザートコーナーの辺りで「あっ」と言われた。
 デザートの入ったコンテナは、この弁当のコンテナの下だ。コンテナの隙間から、プリンカップが見えている。
 そういや、デザートの棚も寂しいことになってたか。
 舌打ちしてぇような気分で振り向くと、もっかい同じ声に「あっ」って言われた。

 誰の声か分かった瞬間、ガラにもなく動揺して立ち上がっちまったのは、多分、オカズにした後ろめたさのせいだろう。
 レンがいた。
 真っ赤な顔で、オレを見て立ち竦んでる。
 目が合うと、レンは床を見て、デザートコーナーの棚を見て、そしてまたオレを見た。
 キョドキョドと、相変わらず落ち着きねぇ。顔真っ赤だし。あのグラビアや広告の写真の格好よさと、すげーギャップだ。

「い、い、い、……」
 レンが、赤い顔で口を開いた。ドモってる。
「いないと思った。のに、いた」
「はあ?」
 いないと思ったって――それ、オレのこと?
 何? オレがカウンターにいなくて、ホッとした? それとも?

 オレがじっと見つめると、レンはパッと目を逸らし、ガラガラのデザートコーナーを覗き込む。それがフリだってのは丸分かりだ。だって、そこ、ガラガラだし。覗いたって何もねーし。
「ははっ」
 何か可愛いな。こいつ。オレのこと、意識してね?
 胸がじわっと温かくなった。

(続く)

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