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小説 3
事件です、若旦那・7
 三橋は、気付いてる事を気付かれないよう、いつも通りに振舞った。
「今夜も絶対、に、夜遊び禁止、ですよ!」
 念を押すように言うと、若旦那は苦笑して、「最近、行ってねーだろ」と応えた。
「それが普通、なんです、よ」
 実際、ここ数日は夜遊びをしていなかったし……いつもの三橋なら、油断していたかも知れない。
 その、油断している自分を上手に演じて、三橋は裏路地に先回りした。

 果たして五分後。若旦那の部屋の窓が開いた。
 ぱっと縄梯子が降ろされる。若旦那は窓の下をキョロキョロ眺め、最後に後ろを……廊下へのドアを振り向いて、窓から身を乗り出した。
 一体どこに、あんな縄梯子を隠していたのか。三橋が呆れ顔で見守る中、若旦那は手馴れた様子で縄梯子を降り、最後に草履をぺいっと落として、その上に着地した。
 もう一度、ちらっと窓の方を見て、若旦那は裏路地の方へと歩いて行く。
 三橋は一旦身を隠し、闇の中から若旦那をうかがった。そしてひっそりと後をつけた。


 いつもの飲み屋街を通る時には、下手に声を掛けられぬよう、三橋は屋根伝いに歩いた。
 猫の様にしなやかに。闇から闇へ、音も無くひらりと飛び移る。
 すっかり履き慣れてしまったブーツの靴裏は、結構固くて、油断すればコツンと音を立ててしまうだろう。こんな動きにはやはり、わら草履や地下足袋なんかが一番いい。
 けれど三橋はものともせず、時に塀の上、時に屋根の上、時には路地に降り立って、まるで音も無く、尾行を続けた。
 
 いつものメイド姿でありながら、いつもの三橋の顔ではなかった。
 大きなつり目を、月の色に染めて。
 三橋は闇を纏っていた。


 やがて若旦那は榛名と合流し、二人して鯉ヶ淵に向かった。事件から数日が経ち、もうロープはなくなっていた。
 そこが、呼び出された場所なんだろうか。当然だが、薬種問屋の男はいない。
 三橋は若旦那達の無防備さに、唇を噛んだ。彼らは月明かりの中、その身を晒して立っている。
 四方には闇。誰が潜んでいるか、分かったものではない。現に、ここにメイドがいる事だって、彼らは分かってないではないか。
 
 三橋は、彼らの様子をうかがいながら、数個のビー玉を右手に握り込んだ。本来なら鉄球を使うところだが……今はこれで代用するしかない。
 ふと背後に気配を感じ、三橋は片目だけで器用にそちらを見た。
 やはり、というか何というか。
 そこには榛名の連れであった、あの眼鏡の男がいた。
 すぅっと腹の奥が冷えていくのを、相手も敏感に感じたのだろうか。男は両手を挙げ、三橋に敵意の無い事を示した。

 敵じゃないと知ったのに、三橋の顔は緩まなかった。むしろ不機嫌そうに、下がり眉がつり上がっている。
 その、両手を挙げる仕草に、見覚えがあったのだ。
 無意識なのか、それとも意味があってやったのか。三橋を三橋と知って、やって見せたのか。
 ……今は、尋ねてみる時ではないようだった。


 向こうの暗闇から、バラバラと男たちが現れた。大概は刃物だが、一人だけリボルバーを持っている。
 何人出て来たかとか、そんなものは数えない。
 目的が何かとか。
 どちらに理があるかとかも、考えない。
 ただリボルバーを握る男の、指先だけを、三橋は見た。

「話し合いすんじゃなかったんかよ」
 若旦那が言った。
 どこかから、「聞かなくていい。やってくれ!」と声が掛かる。
 それまで、じりじりと間合いを計っていた男たちが、一斉に動いた。
 三橋の側にたたずんでいた眼鏡男が、風のように走り出る。
 榛名も、そして意外なことに若旦那も、相当に強かった。少なくとも、怪我をしないで立ち回れる程度には。
 複数の刃物相手に、丸腰で。眼鏡を加えた三人は、怯むことなく立ち向かった。

 攻撃を避けて投げ飛ばし、手刀を打ち、拳を放って。一人、また一人と敵の数が減っていく。
 若旦那側は、誰も殺さないつもりらしい。
 向こうは殺すつもりで、刃物をかざして襲って来るのに。

 甘い、と三橋は思った。
 けれど同時に、彼等らしいとも思った。
 しょせん彼等は……眼鏡男はともかくとして……光の中に立つ側なのだ。

 倒れた敵の数が半数を超える頃、リボルバーを握った男が一歩動いた。後ろに。
「おのれ……」
 もう一歩下がりながら、撃鉄を起こそうと、親指が動く。
 けれど、三橋の方が速かった。
 握り締めていたビー玉を、大きな動作で真っ直ぐに投げる。
「うわっ!」
 拳銃が地面に落ちた。
 続いて飛んで来たビー球が、隙を見せて立つ男のこめかみを打つ。
 残りの男達が、ぎょっとして周りを見回す。
 若旦那も、榛名も。
 冷静なのは三橋と、三橋の位置を知る眼鏡だけ。
 三橋は影の中にいて、そのままビー球だけで四人倒した。眼鏡はその隙に、三人を昏倒させた。

 他に隠れている者はいないか。
 地面からは全体が見渡せないので、三橋はひらりと身を翻し、屋根の上に上がった。
 鯉ヶ淵に臨む、T字路。
 若旦那たち3人が、月光の下に立つ。
 右にも左にも、動いている者はない。
 三橋はほうっと息をついた。

 そして静かにその場を去り、屋敷に戻った。

(続く)

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