小説 3
ギャップ・3
ふと思いついて、水谷に言ってみた。
「この広告のモデル、その雑誌に載ってねーな」
そしたら水谷は、「そりゃ載ってないよ〜」と当たり前みてーに言った。
「だって、ここ載ってんのドクモばっかりだもん」
「毒藻?」
何のことかと思ったら、読者モデルのことらしい。
あの童顔モデルをプロとすると、こっちは素人とか、バイトみてーな感じなんだそうだ。社会人だったり、学生だったりと身分も色々で、モデルはどっちかってーと副業になんのか。
どうりで顔も普通だし、背だってそんな高くねぇヤツが多い。勿論……スタイルも。
けど、読者に近い分、着こなしの参考にはしやすいだろう。
オレだってそう思ってた。ファッション誌なんか見たって、モデルと同じにはならねぇって。
じゃあ、見るべき雑誌が違うのか。ちゃんとしたモデルが載ってる雑誌なんか、うちの店に置いてっかな?
考え事してたら、水谷がからかうように言って来た。
「なんだ、阿部ぇ、ああいうの好みなんだ?」
「はあ!?」
思わず大声が出た。
動揺して、つい専門書の分厚い表紙で、水谷の頭を殴ってしまう。
「痛! ヒド!」
文句を言われたけど、うるせー。角じゃなかった分感謝しろ。つーか、好みって何だ。
水谷が言った。
「もー、図星なんじゃーん。ああいう色っぽいの、目標なんでしょ? なりたいんでしょ? なればいーじゃん、もう〜」
目標?
なりたい? ああなりたい?
イヤ、違う。違うと思う。違うと思うけど、何だ?
「そりゃさ〜、オレら野球のお陰で結構、細マッチョだけどさ〜。目指す方向性、違うと思うよ〜」
水谷はぶつぶつ言ってたが、あまり頭に入らなかった。
じきに教授が入って来て出席を取り始め、周りも水谷も静かになった。
だけどオレの心の中には、しばらくの間、水谷の一言が突き刺さってた。
『ああいうのが好みなんだ』
――好みって何だ。
水谷の持ってた雑誌より、さらに分厚くてちょっと豪華で値段も張る雑誌。
水谷に教えられた通り、本屋で探せばそういう本は何冊か見つかった。けど、立ち読みできねーようにナイロンが被されてて、ホントにそこにあいつが写ってんのかどうか、確認することができねぇ。
迷ったけど……今日発売らしいのを、1冊だけ買った。
レジに置いて一瞬後悔したけど、もう遅かった。財布から千円札を出しながら、顔をしかめてため息をつく。
雑誌の値段は、バイトの時給より高いのに。何やってんだ、オレ。
自分でも、なんでこんなムキになってんのかワカンネー。
けど、家に帰んのも待ちきれなくて、バイトの休憩中、カウンター奥の狭い事務室で雑誌を開いた。
そしたら、10ページも見ない内に、あいつがいたんでドキッとした。
いや、これは知ってるヤツが雑誌に出てんの見かけたとか、そういう野次馬的なドキッであって、水谷の言ったような、好みがどうとかじゃ断じてねーけど。
断じて、ねーけど。
スーツを着てた。
銀? グレー? 明るい色の、光沢のある生地。中のシャツはネイビーか? 姿勢よく胸を張り、でも顔はこっちを見てなくて。
メインは服なんだって、そんな横顔。なのに凛々しくて。
昼間見た雑誌の読モが、スナップ写真に思える。プロとアマと、やっぱ違う。
あいつ――プロなんだ。
「ありが、とう」
店の方から聞こえて来た声に、ハッとした。
雑誌もそのままに、ガタンと立ち上がる。慌ててカウンターに飛び出したけど、そこにあの童顔はいなくて……自動ドアが、名残のようにガーッと閉まった。
「阿部君?」
カウンターにいた店長が、不思議そうにオレを見た。けど、すぐに客が来たので、「いらっしゃいませー」とレジ打ちを始める。
オレは、ぼうっとしながらまた事務室に戻った。
休憩時間終了まで、もうちょっとある。
なんかワカンネーけど、モヤモヤした。追いかけりゃよかった。間に合ったかも知んねーのに。
あいつ、どんな服で、どんな顔して、何を買ったんだ?
カウンターにオレがいねーの見て、どう思った?
がっかりした? ホッとした? それとも、何とも思ってねぇ?
つか、オレの顔、覚えてっか?
開けっ放しの雑誌のグラビアを見る。
横顔のあいつは、どんだけ眺めたってオレの方を見やしねぇ。
それはまるで……オレ達の距離を、そのまんま表してるみてーだった。
「はっ、何だそれ」
自分でもワケワカンネー。
さっきの「ありが、とう」の客が、ホントにあのモデルだったのかも確かじゃねーのに。
ぼうっとしてると、交代で休憩に入るパートのオバサンがやって来た。
「あ、すんません。出ます」
いっぺんカウンターに出てから、雑誌出しっぱなしなの思い出して、慌てて戻る。
そしたら、その雑誌を何気なく覗いて、オバサンが言った。
「あらー、レン君じゃなーい」
出会ってから1週間。オレはようやく、あいつの名前を知ることができた。
名字もねーし、本名かどうかもワカンネーけど。
(続く)
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