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小説 3
ギャップ・2
 3日くらいして、またバイト先であの童顔モデルを見かけた時は、ガラにもなくちょっとドキッとした。
 いや、ドキッとしたのは、多分有名人を見かけたとか、そういう野次馬的な何かであって、水谷が言うような恋とかじゃ断じてねーんだけど。
 でも……やっぱ、気になった。
 そいつはまた前回と同じく、デザートコーナーとスナックコーナーとを行ったり来たりして悩んでる。
 モデルなら収入だって、よくワカンネーけどありそうだし、迷うなら迷ったモン、全部買えばいいのに。……なんて、客に向かって言ったりはしねーけど。

 しかし、こうしてカウンターから眺めてみると、ホント目立つヤツだった。
 背が高いったって、オレ程じゃねーけど……でも、すらっとして見えんのは、姿勢がいーからか? 
 脚が長くて細くて、ブラックのスリムジーンズがスッゲーよく似合ってる。
 逆に、スーツなんかは似合いそうにねーけどな。あー、でも、やっぱプロのモデルなら、そんなんでも着こなしたりするんだろうか。

 同じように20分くらい迷った後、そいつがレジに持って来たのは、栗と生クリームの入ったどら焼きだった。
「いらっしゃいませー、ありがとうございます」
 ピッと商品にバーコードを通し、「158円です」とか言いながら相手を見て……またちょっとドキッとした。
 エロ……。
 いや、同じ男にエロス感じてる訳じゃねーけどさ。体にぴったりした青いTシャツの布地から、乳首がぷくっと勃ってんの見えてて、スッゲーエロい。
 きれいな筋肉が、シャツ越しにもよく分かる。
 白い細い首には、黒い革ひものアクセサリーが、何重にも巻き付いてて、それもエロい。
 なのに、顔は見れば見る程幼くて。

「あんた、幾つなんすか?」

 思わず、そう尋ねていた。

「う、へっ?」
 すると、そいつは間抜けな声を上げて、オレを見た。
 ぱしぱしとデカい目をまたたかせ、キョロキョロと周りを見回してから、おずおずと自分の方を指差し、首をかしげる。
 そーだよ、お前に話しかけてんだよ、他に誰がいるんだよ。
 ワカンネーか? まあ、普通コンビニの店員は、そんな質問しねーよな。

「いや、高校生くらいに見えんのに、エロい体してっから。……これ」
 オレはそう言って、カウンターの下から雑誌を取り出し、裏表紙をそいつに見せた。
 ファッション誌じゃなくて、オレの取り置きの野球雑誌。けど、やっぱりそこでも、目の前の客が裸でポーズを取っている。
 よく見かけるって水谷が言った通り、ちょっと気をつけりゃ色んなとこで、こいつのこの広告を見ることができた。

 目の前のモデルは、自分の広告を見た途端、ボボンッと音が出るくらいの勢いで赤面した。
「え、え、え、エロ、くない、です……」
 消え入りそうな声で言い返して来られて、思わずぶはっと笑ってしまう。
 くっくっく、と肩を震わせてると、そいつはデカい目でじっとオレを見て、でも目が合うとパッと下を見て、ゴソゴソと財布から200円出した。

「200円からお預かりします。42円のお返しです」
 釣銭を手渡す時、一瞬だけど手が触れた。
 前回どうだったか覚えてねーけど、そんなこと日常茶飯事だし、男同士だし、気にする事でもねぇハズなのに――そいつはビクンと手を震わせて、小銭を幾つか受け損なった。
 チャリンチャリンチャリン、と3つ聞こえた。
「う、お、わ」
 さらに真っ赤になったそいつは、慌てて下を見て回ったけど、パッと見じゃ見付けらんなかったらしい。

「あ、すんません」
 オレも謝りながら向こう側を覗き込むが、棚の下にでも入り込んじまったのか、よくワカンネー。
 跳ね板を上げて、カウンターから出ようとしたら、そいつがぶんぶんと両手を振った。赤い顔のままで。
「あ、も、もういい、です。ありがと、う」
 そして、どら焼きの入ったレジ袋をカウンターから引ったくり、逃げるように去ってった。

「……ありがとうございましたー」
 気の抜けた声で見送ったけど、多分聞こえちゃいなかっただろう。
 右に行ったか左に行ったかすら、よく分かんなかった。そんくらいの素早さで駆けてった。
 まあな、全部落としたって42円だし。
 はあ、とため息をつきながら小銭を探すと、レジ前の特価品ワゴンの下に1円、ドリンク剤のストッカーの横に10円、そしてデザートコーナーの前に10円落ちていた。
 21円をどうするか、なんてコトよりも、なんでかスゲーモヤモヤした。
  
 なんで、こんなにモヤモヤすんのか。よく考えたけど分かんなかった。
 ただ……もう、あいつ来ねーんじゃねーかって思えて、そんで、結局名前も年も訊けなかったなって。
 それがちょっと、残念だった。


 ファッション雑誌なんて興味ねーし、パラパラめくったって面白くもねぇ。男の顔ばっか見たって、仕方ねーし。
「はー、やっぱ意味ワカンネー」
 めくってたファッション雑誌を閉じ、水谷に投げて返すと、水谷はちょっとむくれて「何だよ〜」と言った。
「人の読みかけの奪っといて、その態度〜?」
「悪ぃ」
 おざなりに謝って、机の上に頬杖を突く。はあー、とため息を1つついたら、水谷が緩い口調で「またまた〜」と笑った。

「阿部ぇ、恋の季節でしょ〜」
「はあ? ふざけんな」
 ムカッとしたので、厚さ4cmの専門書を振り上げてやったら、水谷にわーわー喚かれた。
 バカめ、冗談だっつの。

「阿部って本気でやりそうで、マジ怖いよ〜。お前、女子に何て言われてるか知ってる? 『あ〜、あのいつも怒ってる人』って! ため息ついてる間あったら、眉間のしわ、なんとかしなよ〜」

「なんだそりゃ。関係ねーし」
 大きなお世話だっつの。女なんかにモテたって嬉しくねーし、眉間にしわなんか寄せてもねーし。
「はー、何だかなー」
 胸の中が、モヤモヤしてムカムカした。
 ファッション誌探しても、あの広告以外であいついねーし。
 他の写真、見たかったけど。

 つーか。
 もっと、色んな表情が見たかった。

(続く)

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