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小説 3
事件です、若旦那・3
 三橋が門前の掃き掃除をしていた時だった。
「だーれーだっ」
 来客の一人が、声を掛けながら三橋のスカートを後ろからめくった。
「んぎゃっ」
 三橋は色気のない声を上げ、スカートを抑えながら振り向いた。

 中身を見られると一応困るので、見られないよう、ドロワーズの上にパニエを重ねてる。だから見えるハズないのだが……。
「白だな」
 来客が、ニヤリと笑って言った。
 残念ながら正解だ。というか、白しか持ってない。というか、白しか若旦那が買ってくれない。これは三橋の趣味でなく、若旦那の趣味である。
「せ、せ、セクハラです、榛名さん」
 三橋は白い頬を赤らめて、背の高い来客を上目遣いに見た。


 若旦那の大親友であるこの男のことを、三橋はあまり良く思ってない。というのも、若旦那を夜遊びに誘うのは、大抵がこの男だったからだ。
 その上、会うたびに三橋にちょっかいを出してくる。いくらちょっかいを出しても、自分になびかないところが、榛名的にはツボらしい。
 そんな傲慢な事を言うだけあって、榛名は目元の切れ上がった男前である。上背も高く、バランスよい筋肉もついて、その上どこぞの御曹司、しかも遊び人とくれば、さぞやおモテになるだろう。

 しかし、と三橋は思う。
 若旦那の方がまだ上だ、と。
 目のタレ具合も、エロ具合も、ヘンタイ具合も、絶倫具合も、みんな、若旦那の方が勝ってる!
 その辺は確実に誇れるだろう、と三橋は一人、うなずいた。


「隆也いる?」
 榛名が三橋のおさげ髪を、片方弄びながら訊いた。
「いません」
 髪を取り返し、ツン、とそっぽを向くと、榛名は「あっ、そう」と言いながら、門の中へと入って行く。
「いませんって、のに!」
 もっとも、いないと言うのは嘘である。そしてそんな嘘は、はなっから榛名に見抜かれていた。

 むうっと唇を尖らせた三橋は、榛名が珍しく一人じゃ無かった事に気付いた。
 茶色の髪に眼鏡をかけた、榛名と同じくらい上背のある男が、榛名の後ろに立っていた。男は柔和な笑顔を浮かべ、三橋に会釈して、榛名と共に門の中へ入っていく。

 三橋は黙って、その背中を見送った。
 その男の気配の無さに、驚いていた。
 
 昨夜、行き逢ったプロの……体から弾き落としてしまった物。あれは、眼鏡だったのではなかろうか? あの足を蹴飛ばせば、昨夜聞いたのと同じ声で「うっ」とうめくのではなかろうか?


 三橋は大急ぎで門前を掃き清め、道具を片付けて、屋敷に向かった。
 丁度、お茶の準備ができたところだったようだ。先輩のメイドが、銀盆にお茶を3人前載せて歩いていた。
 ちなみに三橋以外にも、この屋敷にメイドはいるのだが、その他のメイドのデザインは、三橋のよりも若干大人しい。スカート丈も長い。というのも、三橋のは若旦那が個人的に選んだ服だからだ。
「あの、オ、……わたし、もって行き、ます」
 未だにオレ、と言いそうになるのを、こうやって誤魔化すときがある。こんな時は、ずっと悩みの種だった、生来のどもり癖も役に立つ。

 榛名にお茶を出したかったのだろうか、先輩メイドはちょっと不満げに「えー」と言ったが、結局はすんなりと代わってくれた。
 コンコンコンコン。
「お茶を、お持ちしま、した」
 三橋が言うと、扉が中から開かれた。
 開けてくれたのは、さっきの眼鏡の男だった。
「失礼、します」
 三橋はぺこりと礼をしてから、応接間の中に入った。
 眼鏡男はそのまま静かに扉を閉め、また扉の横に立ち控えた。
 榛名の従者なのだろうか。

 三橋は丸い盆の上の湯飲みを、まず榛名、次に若旦那の前に置いた。そして最後の一つを、扉の横にたたずむ眼鏡の男に差し出した。
 男は一瞬ためらい、けれどまた柔和な笑みを浮かべて、盆の上から湯飲みを取った。
「どうも」
 小さく礼を言われたけれど………。

 その声が、昨夜聞いたのと同じだったかどうかは……結局のところ、分からなかった。


 それから、榛名は10分程馬鹿な話をして、帰って行った。
「じゃー、隆也」
「……ああ」
 部屋を出る直前、若旦那と榛名が二人、目配せを交わしたのを、三橋は見逃さなかった。
 彼らが真剣な目をすれする程、心配事が増える。

 今夜、また抜け出す気なんだろう。
 三橋は根拠もなく、そう思った。

(続く)

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あきゅろす。
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