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小説 3
事件です、若旦那・2
 屋敷に戻ってからも、三橋の機嫌は直らなかった。
 黙って抜け出された事にも、置いていかれた事にも、色っぽいお姐ちゃんと会ってた事にも……全部に腹を立てていた。
「お前も焼き鳥食ったんだろ」
 タレで汚れた口元を、若旦那にべろりと舐められる。
 反省の色が無い。
 こっちはプロと遭遇して、冷や汗をかいたってのに。ホントに心配したのに。
「あの人と、何してたん、です、かっ?」
「聞きたい?」
 にやにやと笑われ、カッチーンと来る。
「別にっ!」
 ぷいっとそっぽを向く三橋に笑いながら、若旦那は屋敷の内風呂へと入って行った。一応女の子、と言うことになっている三橋は、そこから先には立ち入れない。
 大体もう、風呂には入ってた。入ってる内に、逃げられたのだ。

 若旦那がいない間に、三橋はメイド服を脱ぐ事にした。
 スカートもブラウスも、勿論エプロンも、しわにならないようハンガーに掛ける。パニエもキャミソールも脱ぎ捨て、ドロワーズという女パンツ一枚になった三橋は、鏡の前で伸びをした。
 肌が白い。肩から腰にまで、しなやかな筋肉がみっしりと付いている。胸も腹も平らな……脂肪よりも筋肉に覆われた、美しい少年の体だ。
 三橋が少年である事を知っているのは、若旦那だけである。この秘密を守る為、三橋は若旦那の部屋で寝泊りしていた。
 ……専属メイドとして。いや、三橋的には、ボディーガードとして。

 三橋は最後に、体の線を隠す、ピンクのナイティを上から被った。
 この辺は皆、若旦那の趣味だ。
 ただ若旦那は、こういう服を三橋に着せる事よりも、三橋から脱がす事の方が好きだった。


 翌朝、三橋と若旦那は、部屋の戸を乱暴にノックされて目が覚めた。
 三橋は裸だった。ついでに言うと、若旦那もだ。
 見られて恥ずかしい訳じゃないが、男とバレては困るので、三橋は布団に潜り込んだ。その代わりに、若旦那がガウンを羽織り、戸を開けに行ってくれる。
「おはようございます、大変です!」
 それは執事の声のようだ。
 いつも冷静な執事が、ちょっと取り乱している。
「事件です、若旦那。警察の方が来ています」
「警察!?」
 三橋と若旦那の声が重なった。



 その後……警官と話をしてきた若旦那から、三橋は聞いた。昨夜の色っぽいお姐ちゃんが、鯉ヶ淵に浮かんでいた事を。



「まさか、若旦那、疑われて、るんです、か?」
 三橋が心配そうに訊くと、若旦那はタレ目を細めて笑った。
「んな訳ねーだろ。アリバイあるし」
 そして三橋にちゅっとキスをした。
 どうやら犯行は、若旦那が屋敷に戻ってからの事だったらしい。
 しかし、三橋の心は晴れなかった。
 昨日、出会ったプロは……プロの仕事屋は。
 その事件に関係あるんじゃないのか?

 もし関係あるなら。
 次に狙われるのは、一体誰だ?

「オレが会った、怪しい奴、の事、警官には……」
「言ってねぇけど、大丈夫だ」
 何が大丈夫と言うのか。
 若旦那は、三橋の体をヒザの間に挟み込み、腕に閉じ込めるように抱き締めた。
「オレがお前を守ってやるよ」

 元・プロに言うセリフじゃない。
 三橋は微笑んだ。
「逆、でしょ、バカ旦那」
 
 もし仮に、次に誰か狙われてるとして。
 そのターゲットが、あの女と会ってた若旦那なら……三橋は側にいて、若旦那を守るべきだ。
 でも逆に、あのプロとニアミスしてしまった三橋が……一緒にいて、迷惑かけないか?
 あの時、あのプロは、三橋を殺さなかった。
 けど、今はどうだろう?

 思い出す、刹那の殺気。
 すっかり実戦から遠ざかり、夜目も利かなくなった三橋は、あの相手の顔も見ていない。
 しかし、相手は自分の姿を見てるだろう。薄茶色の髪のメイドなんて、ここいらにそうはいない。
 かといって、男の姿になんか、もっと戻れない。

 ため息をついて、三橋は言った。
「制服、替えませんか?」
「却下」
 若旦那が首を振った。
「じゃあ、夜遊びを……」
「却下!」
 
 あまりの即答に、むうっと唇を尖らせる。
 ふと、三橋は思い出した。
「若旦那。あの女と一体、あそこで何をやってたんですか?」

 若旦那の顔が、嫌そうに歪んだ。

(続く)

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あきゅろす。
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