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小説 3
遺跡・3 (完結)
 昼メシは、手の込んだサンドイッチと、スープと果物だった。
 用意をしてくれたのは、オレの部屋付きの召使いだ。真面目な顔でテーブルに皿を並べ、後ろに控えてる。
 最初はオレ達のコト警戒してたみてーだけど、近頃は、ぼちぼち話もできるようになってきた。

「堤防沿いの地下に、遺跡があんの知ってるか?」
 サンドイッチを食いながら訊いてみると、召使いは頭を下げて「はい」と言った。
「有名なのか? 安全?」
 地震なんかが起こりそうにねーのは、自然の気を感じりゃ分かるけど……天井が抜けたら、大参事だろう。
 知られてねーなら仕方ねーけど、知ってんなら、なんで放置してんのか不思議だった。別に、埋めろって訳じゃねーけどさ。
 そう言うと、召使いは控えめに首をかしげた。

「役割があるのだとうかがっております」

 それは、意外な回答だった。
 でも、ちょっと納得した。
 人工物なのに、自然の気が満ちてると思ったの、間違いじゃねーんだ。

 昼メシ食った後、ホントは廉と部屋でのんびりしたかったけど、またタジマらのとこに向かった。
 廉に「オレ、行き、たい」とか言われたら、逆らえねぇ。
 それに……タジマにちくっと言ってやりたかったしな。アジトに向かねーの、初めから知ってたんだろ、って。

 城の廊下には、ヤリ持った兵士が見張りをしてるから、直接窓枠を乗り越える。
 王族の考えることは、庶民のオレにゃよくワカンネーけど、オレ達を表向き閉じ込めておくのは、親父お得意の「様式美」なんだろう。
 まず廉が降りて竜になり、すぐにオレが降りて、その背に飛び乗った。
 けど、向かう先はすぐ目の前の堤防だから、空を飛ぶのは一瞬。ひと気のねぇ場所をめがけて、そっと地面に足を着く。

 堤防を降り、その裏手の貧民窟を目立たねぇように移動して、オレ達はあの狭い入口を探した。
 タジマの案内がねぇし、どこも似たようなバラックばっか林立してっから、ちゃんと見つかるか不安だった。
 けど……近付けば、すぐに分かった。堤防とバラックの隙間から、チビどもが数人、飛び出して来たからだ。
 何があったのか知らねーけど、ギャーギャー叫び回ってる。
「どうした!?」
 一人引っ捕まえて訊いたけど、地下をあわあわ指差すだけで、会話にもならねー。
 石段の方からは、子供らの悲鳴と怒声が響いてる。 狭い隙間に身をくぐらせると、騒ぎは間近で起こってた。

 ワニだ。
 巨大なワニが暴れてる。
 それに、ガキどもが石を投げて――。でも。


「鎮まれっ!」


 オレが声を張り上げると、同時に風が足元から沸き起こって、洞中を吹き荒れた。
 声の残響がうわんと空気を震わせる。
 風に巻き上げられた泥土が、残響がやむと同時に地面に落ちた。

 まず素直に平伏したのは、勿論ワニだ。
 後ずさり、静かに頭を下げる。
 けど、案の定ガキどもは――ニンゲンは、攻撃の衝動を抑えられねぇ。ワニが無抵抗になった後も、次々石を投げようとする。
「やめねーか!」
 オレは風を起こして石を吹き飛ばし、ガキどもを下がらせた。
 全員が、ハッとオレらの顔を見る。
 別に、怒ってる訳じゃねぇ。怒ってる訳じゃねーけど……きっと何かを感じただろう。ガキどもがようやく拳を下ろした。

「何があった?」
 全員に訊いたら、石を投げてたガキどもが口を開いた、
「ワニが」
「ワニが、こっち来たから」
「オレらのニワトリ、食べたんだ」
「みんなのことも食べようとした」
「襲い掛かって来た」

 ワニに意識を向けると、廉に挨拶に来ようとしてたのに、途中でオレらがいなくなったから、戸惑ってたらしい。
 戸惑ってるとこに、いきなり石を投げつけられりゃ、暴れたって仕方ねぇだろう。多勢に無勢だしな。
 けど。
「ニワトリは食ってねーらしいぞ?」
 ガキどもの顔を見回しながらそう言うと、一斉に「ウソだ」「ウソだ」と喚かれた。

 動物がウソつく訳ねーだろ。ウソつくのはニンゲンだけだ。バカバカしい勘違いすんのも。
 ほら、目の前の遺跡の屋根の上で、降りられなくなってんのは何の鳥だっつの。

 と――それまで黙ってた廉が、ふふっと笑って手を差し伸べた。
 それに導かれるように、屋根にいたニワトリが、バサッと舞い降りる。
「あっ」
 ガキどもが口々に声を上げた。
 誤解は一瞬で解けたようで、みんな気まずく黙り込んだ。
 オレは苦笑した。なんだかんだ言っても、子供は素直だ。

「ところで、なんでここにニワトリがいるんだよ。さっきはいなかっただろ?」
 そう訊いたら、「交換してきた」って誰かが答えた。オレが持って来た果物とニワトリと、交換したんだと。アジトで飼うんだと。
「へぇ」
 そういや、果物持って駆けてったヤツらが戻ってる。で、代わりにタジマがいねぇ。
「タジマは……?」
 そうか、タジマがいねーからか、こんな騒ぎになってたの。タジマがいりゃ、ワニに石なんか投げさせねーだろ。

 ため息をついた時、当のタジマの声がした。
「おーい、何かあったんかー?」
 余裕のある、呑気そうな声。でも、目が笑ってねぇ。その後ろには、さっき外で泣き叫んでたチビどもがくっついて、こっちの様子をうかがってた。
「あー……」
 オレは説明しようとして、ふと黙った。
 よく見るとタジマは、バカデカい鍋を片手にぶら下げてる。
 なんで鍋?
 不思議に思いながら、でもオレは簡潔に、ワニとみんなとの話をした。

「ふーん、そっか、誤解しちゃったか」
 タジマは明るく言って、ニカッと笑った。
「じゃー、みんな謝ろうぜ! せーの、ゴメンナサイ!」
 タジマに合わせて、タジマの仲間が揃って一斉に頭を下げる。
「ゴメンナサイ!」

 オレは廉と顔を見合わせた。ワニに、ニンゲンの勝手な謝罪が通用するとは思えねぇ。
 タジマもそれが分かってるんだろう。じっとオレらの顔を見てる。オレらが解決するのを……待ってる。
 廉が、静かにワニに歩み寄り、身をかがめて手を触れた。触れられたワニはブルブルと震え、うっとりと目を閉じる。
 親愛と恭順。そして感謝。
「もう、暴れない、って」
 廉が笑って立ち上がると、子供たちがほーっと息をついた。

「よし、じゃー、仲直りな! みんなでシチュー作ろうぜ!」
 タジマの号令に、みんなが一斉に「おーっ」と返事した。
「ワニにもシチュー分けてやろうな」
 ガキどもは無邪気に「仲直り、仲直り」つって笑ってる。

「いや、ワニは遠慮するってさ」 
 オレが左手を軽く振ると、ワニはそれに従い、洞の奥の沼地へと戻って行った。
 沼地の主みてーだ。きっと小さい頃、雨季で川が氾濫した時に流されて来たんだろう。
 水面より低いとこにある貧民窟が、洪水の時でも平気なのは、ここに水が落ちるからだ。多分城下町全体が、ここのお陰で助かってる。
 でも……そんな構造なら、やっぱ住むのは無理だ。
 近所に住んでるタジマが知らないハズねーし。アジト作りなんてただの建前で、実はみんなで遊びに来ただけじゃねーか。

「ニワトリどうすんだよ?」
 アジトで飼うつってたけど、アジトはお預けだし。シチュー作るつってたけど、手伝いもしねーでみんな遊びに散ってったし。
 そのシチューだって――持ち寄った材料を全部大鍋に入れてるし。まあ、まだ果物入ってねぇだけマシか? 変なキノコ入ってたけど、大丈夫か?

 色々心配で鍋を覗き込んでたら、いつの間にか周りに誰もいなくなってた。
 タジマも。
「おーい、タマゴ産んでるってよー」
 さっきニワトリがいた屋根によじ登り、こっちに手を振っている。
「うお、タマ、ゴ」
 廉が呟いて、上を見上げた。何かソワソワしてんの、言われなくても分かる。
「いーよ、行って来いよ」
 オレは、諦めて鍋の側にどっしり座り、廉に向かて微笑んだ。
 廉はしばらく迷ってたけど――。
「レーン、来いよー!」
 そうタジマに呼ばれ、嬉しそうに駆けて行った。

 オレの竜は、すべての動物の王だ。廉の前で、馬も、鳥も、ワニさえも、すべての動物が頭を下げる。
 ニンゲンは唯一それに従わねーけど、ニンゲンの王にはならなくても、ニンゲンの友ではいて欲しい。

「隆也―っ!」

「おー」
 タジマの横で手を振る廉に、軽く手を振り返しながら、勝手だけど、そう思った。

  (完)

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