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小説 3
事件です、若旦那・1 (メイドコス・女装パロ注意・ちょい昔)
 今夜も三橋は、屋敷を抜け出した若旦那を探して、西浦の飲み屋街を駆け回っていた。
 ひざ上までの真っ黒なスカートに、フリルの付いたエプロン、エプロンとお揃いのメイドキャップ……。白のニーソックスに、黒のロングブーツ、という格好の、背の高い少女だ。薄茶色の猫毛の髪を、長いお下げに結って、頭の左右に垂らしている。
 近頃、巷で流行のメイド服、そのままの姿だが、三橋に限ってはコスプレではない。れっきとした仕事着である。

「バカ旦那ー、いま、せん、かーっ?」

 少女にしては少し低い声で、三橋は主人を呼びながら、赤提灯の店を一軒一軒覗いて回った。
 これは全くいつも見られる光景なので、店員も客達も、三橋の大声に驚かない。
「あら、三橋ちゃん。毎度毎度、ご苦労な事だねぇ」
「おう、また阿部の若旦那を探してんのかい?」
 三橋がこっくりとうなずくと、顔見知りの客なんかは、たまに焼き鳥を一串くれたりもする。育ち盛りの三橋に、こういうおやつはとても嬉しいので、遠慮しない。
「あにあとごあいまふ」
 色白の可愛い顔を、タレでべとべとにしながら三橋が焼き鳥を頬張った。

 客の一人が、ふと思い出したように言った。
「そういや阿部の若旦那なら、鯉ヶ淵の方へ行くのを見たなぁ」
「へぇ、何だってこんな時分にあんな場所へ?」
「色っぽいお姐ちゃんと一緒だったけどね」
 ……色っぽいお姐ちゃん。
 そのセリフを聞いて、三橋の大きな目がつり上がった。ガキッ、と音を立てて、咥えてた串が真っ二つに折れる。
 失言をした客の脇やら背中やらに、周りの客が肘鉄を打った。
「ありがと、ござい、ました」
 齧り折った串だけを店に残し、三橋は再び夜の町を走った。目指すは、先程聞いた鯉ヶ淵。錦鯉で有名な、逢引の名所である。


 逢引の名所と言っても昼間の事で、夜にはほとんど真っ暗になる。
 月明かりを頼りに走っていたので、道端の影に隠れてる物に、うっかりとつまづいた。
「うわっ」
 少女にしては色気の無い悲鳴を上げて、三橋がたたらを踏んだ。つまづいた瞬間。向こうも「うっ」とうめいたのを、三橋は聞き逃さなかった。
 誰かが、そこにうずくまっていたようだ。
「大丈夫、ですか?」
 相手の位置に見当をつけて、そっと手を伸ばすと、何かに触れた。
 軽くて固いもの。
 それが三橋に払われて、相手の体からカチャッと落ちた。何だったかは、暗くて分からない。
「す、す、すみま、せん」
 謝ったけれど、返事が無い。
 ただ、刹那、殺気を感じて飛びすさる。

 はっ、と息を吸う間も無く、そこにいた誰かは、影から影へと去って行った。


 三橋はしばし、呆然とその場に立ち尽くした。
 プロだ……。
 本能と経験が、今の殺気の主を、そう断じた。
 三橋とて、今はこのような可愛らしい姿をしているが、ちょっと前まではそんな世界に、首までどっぷり浸かっていたのだ。間違えようが無い。

 けれど不思議なのは、誰を狙ってかという事。
 少なくとも、三橋はターゲットにされてない。
 なぜなら、その気配に気付かなかった時点で、命が無いも同然だからだ。
 では、誰か……?

 はっとした。

 若旦那!
 自分が守るべき相手を案じ、三橋はつい大声で呼んだ。
「若旦那! ご無事ですか、若旦那! 返事して、下さい、若旦那!」
 明かりの乏しい、鯉ヶ淵。月は暗がりまでは照らしてくれず、返事が無ければ探しようが無い。
 三橋は不安に駆られ、路地影へと引っ込んだ。
 不安な時に、光を求めて明るい場所に出ようとするのは、真っ当で幸せな人間の証拠だ、と三橋は思っている。
 自分のように、一度闇になじんだ人間は……闇に紛れて光を眺めてる方が落ち着くのだ。

 やがて、光の奥から声がした。
「三橋? 来てんのか?」
 張りのある低い声。若旦那の声だ。
「若旦那っ!」
 三橋は笑みを浮かべて立ち上がった。けど、一歩踏み出したきり動けない。

 若旦那は一人じゃなく………色っぽいお姐ちゃんと一緒だったのだ。
「だぁれ? お迎えが来ちゃったの?」
 お姐ちゃんが、しなを作って若旦那の腕にしがみついた。
「そうだよ、怖い恋人」
 若旦那の声に、その女はちらっと三橋を見やり、にっこりと色っぽく笑って言った。
「あら、可愛い子猫ちゃんじゃないの」

 可愛いとは、三橋にとって褒め言葉じゃない。
 三橋は黙って眉を寄せ、若旦那を睨みつけた。

(続く)

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