小説 3
彼を待つ夜・後編 (大学生・ケンカ・切ない?)
そっか、阿部君はオレとの約束、忘れてたんだ。
こんなことなら、昨日念押ししておけば良かった。明日、忘れないでねーって。
そしたら、ちゃんとこっちに来てくれたかもしれないし、もし来れなくても、そう言ってくれたハズだ。阿部君が来れなくなったって分かってれば、焼肉にも行ったし、ボーリングにも行ったし、一人で過ごすことなかったんだ。
そしたら……こんなやり切れない思いを抱くこともなかったんだ。
「馬鹿みたい、だな」
あんな浮かれたメール、何通も出しちゃった自分が恥ずかしい。
「メール見ないで消してって、メールしようかな」
たしかメールって、到着が後の分から開いていくよね? でも阿部君のことだから、そんなメール見たら、余計に中を見ちゃうかな?
もし阿部君がオレのメールを見たら……約束、思い出してくれるかな? ごめんなって謝ってくれるかな?
そしたらオレは、ちょっと拗ねて……知らん振りして困らせてみようかな?
オレはケータイを握り締め、ふー、とため息をついた。
「もう寝よ」
明かりを消して、ベッドに入る。
今日だって早上がりだったとはいえ、練習したんだし、体は十分疲れてる。オレは横になって間もなく、すうっと眠りに落ちた。
夜中に、メールの音で目が覚めた。
ケータイを開いて、時刻を見る。午前3時。メールの差出人は……阿部君だ。
どうしたんだろう、とまず思った。
だって阿部君は、こんな夜中に、それこそ急用でもない限り、メールなんて絶対して来ない。オレへの謝罪だったとしても……朝に直接電話くれるハズだ。
ということは、急用なのかな?
オレは眠くてボーっとしながらも、そのメールを開いた。件名は「Re:今日は?」で、オレが送った最後のメールへの返信だった。つまり、「今日はもう来ないの?」という、恥ずかしいメールだ。
ホントに恥ずかしいな。
顔を赤らめながら、本文を読む。
――行きませーん\(^o^)/ ――
え、何?
寝起きで回らない頭では、本文も、その下に貼り付けられた写真も、すぐに理解はできなかった。
たっぷり数分間、その写真とにらめっこして………オレはケータイをパタンと閉じた。
布団にうつ伏せで寝てる、阿部君。その横で、同じ枕で。
キャミソール姿の女の子が、ピースしながら写ってた。
頭から布団をかぶる。
『阿部君を今夜、頂いちゃいまーす』
耳を塞いでも、よみがえる甘い声。
何それ?
何でわざわざ、オレにメール打ってくるの?
勝利宣言とか、そんな感じ?
どういうつもりなの?
結局、夜が明けても、昼になっても、阿部君から連絡は来なかった。
良かった。午後から練習があって。昨日までは、阿部君とあまりゆっくりできないな、なんて思ってたけど。
ホントに良かった。
思いっきり汗を流して、大好きな野球に打ち込んで、ボールを投げて、投げて、投げていれば、オレはオレでいられるから。
何も考えないでいられるから。
夕方、休憩中に、阿部君が面会に来た。
「何しに、来たの?」
思いっ切り冷たい声で、冷たいセリフを言ってやる。だってオレ、怒ってるし。
「これ……」
オレが今朝送ったメールを、阿部君が開いてオレに見せた。夜中の写メールに、写真そのままで「彼女ができて良かったね」って返信したやつ。
「もう夕方だよ、阿部君。来るの、遅いんじゃないの?」
「ごめん!」
阿部君は大きく頭を下げた。
「鎌倉まで行ってたんだ。で、ケータイの電源もオフにイタズラされてたの、気付かねーで。今メール見て、マジびびった。ホント、ごめん」
「謝るような事、したんだ?」
「違う! 誤解だ。あれはイタズラなんだ。二人っきりじゃなくて、あの場には十人以上いたんだ。誓って、やましいことはしてねぇ!」
オレは、ため息をついた。
勿論、あれがイタズラだって、朝には気付いてた。だって、阿部君の横にいる女の子、両手でピースしてるし。ってことは、別の人が写真撮ったってコトだもんね。
でも、イタズラだろうって気付いたからって、簡単に許してあげないんだよ、阿部君。オレだって、夜中に起こされて、振り回されたら、怒る事だってあるんだよ。
「他に何か、忘れてるんじゃない、の?」
冷たい声を変えないで言うと、阿部君が苦い顔をした。
「昨日、忘れててごめん」
ホントは、焼肉もボーリングのことも、ひっくるめて謝って欲しかったんだけど……集合の号令が掛かったので、阿部君を放置して、また練習に打ち込んだ。
投げて、投げて、投げていれば、オレは無心になれるし。ちょっとずつイヤな思いがなくなっていく。
ホント、今日、練習あってよかったよ。
じゃなかったら、オレ、夕方まで一人ぼっちだった。そんで、もう阿部君のこと、許してあげられなくなってた、かも。
夜の練習が終わるまで、阿部君はずっとグラウンドの隅に立っていた。
「捨て犬が待ってんぞ」
チームメイトにそんなこと言われるくらい、阿部君はしょげかえってた。
「昨日のカレー、食べる?」
オレが聞くと、阿部君はちょっと笑って、「食べる」と言った。
「食べたら、帰ってね」
と言うと、またしょげかえっちゃったので、オレはしかたなく提案した。
「帰りたくないんなら、さ、一緒に住む?」
阿部君が「そうする」って即答したので、オレもちょっと笑顔になった。
昨日とは全く違う、優しい夜になりそうだった。
(終)
※あい子様、キリリクありがとうございました。「最初から切なく、最後ハッピーエンド」、切なさがちょっとゆるいような気もしますが、ハッピーエンドを考えると、あまり仕込みができなくて。こんな程度でよろしいでしょうか? お気に召して頂ければ幸いです。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!