小説 3
誘惑・後編 (Side A)
昨日もまた三橋に誘われた。
「えっちしよ?」
スゲー誘引力だ。誘蛾灯にふらふら近寄って誘殺される蛾みてーな気分。オレはいつも、振り払うのに苦労する。
断り方、わざとらしーかなって、自分でも思う。もしかしたら三橋を傷付けてっかも知んねー。
それでも、以前みてーに卑屈になって、「オレじゃダメなんだ」とか言い出さなくなった辺りは、あいつも成長したよなと思う。
三橋のことは好きだ。
正直に言えば、抱きてぇ。セックスしてぇ。
けど、自信がねぇ。
……あいつを労わってやる自信が、だ。
ぶち切れちまって、あいつが「痛い」「イヤだ」っつっても、やめてやれねーで、思うままに無茶苦茶にしちまいそうで怖ぇえ。
いつまでも有耶無耶のままじゃいらんねーって、分かってはいるけど。できるならもう少し、先延ばしにしたかった。
下校時間に、いつも通り昇降口で三橋が待っていた。オレを見て笑顔になる。でも、どこかそわそわして、落ち着きがねぇ。
「どした?」
訊いてやると、ちょっと顔を赤くして、オレのシャツの脇をギュッと掴んだ。
「話ある、から。オレんちに来て、下、さい」
話って……やっぱ、あの話なんかな。
何でしねーのか、とか、訊かれんのかな。
まあ確かに、いい加減なはぐらかしは、限界かも知れねーし。ここらでよく話し合ったほうがいいだろう。
「分かった、行くよ」
オレが答えると、三橋が何でか、ホッとしたように笑った。
三橋の家の庭に着いた時、いきなり背後から田島が現れた。
「阿部、くらえっ!」
バシャン!
オレと三橋の頭から、とんでもなく臭ぇ液体がかけられた。卵の腐ったみてーなニオイ。……ったら、硫黄臭か!?
「田島! てめーっ!」
大声で怒鳴るが、あいつの逃げ足に敵う訳ねぇから、追い掛けねぇ。明日、学校で締めてやる!
奴が放り捨てたバケツの辺りには、硫黄入浴剤のビンが転がってた。
これか、この臭ぇのは。
ちっ、と舌打ちするオレの腕を、三橋がぐいっと引っ張った。
「阿部君、取り敢えず、中入って。服、あ、洗った方がイイ。全自動で、すぐ洗って乾く、から」
「あ、いや、オレ帰るわ……」
断るオレに構わず、三橋は強引に腕を引っ張り、家の中に連れて行く。珍しいな、とはちょと思ったけど、それよりやっぱ臭過ぎて、お言葉に甘える事にした。
シャツとスラックスを脱いで、脱衣所の横の洗濯乾燥機に入れさせて貰う。三橋も同様に下着姿になってから、オレに風呂に入れと言った。
「オレ、着替え、取って来る!」
言うが早いか、三橋はぴゅっと廊下に出て、階段を素早く上がって行く。
張り切ってんのかな? まあ、何事も一生懸命なのはあいつらしーけど。
ホントは貰い湯とか気まずいから、風呂もシャワーも遠慮したかったんだけど、さっきの液を頭から被っちまった。顔も手も洗った方がいいだろう。
オレは下着を脱ぎ、そっと三橋家の浴室に入った。
湯を溜めるまでもねぇから、シャワーを借りる。リンスインシャンプーは、普通に男用だ。でも何であいつ、時々いいニオイすんだろう?
そう思ってたところに、いきなり浴室のドアが開いた。
「うわっ」
「阿部君、背中流す、よ」
三橋だ。ちらっと見ただけだけど、服を着てねぇ! やべぇって!
オレは慌てて前を向き、シャワーの湯に集中しようとした。
平常心、平常心。心の中で唱えながら頭を洗う。何の修行かって感じ。
ふひっ。
背中の後ろで、三橋が笑った。
何だ? 何で笑ってる?
不審に思うオレの背中に、ペトッと何かが塗られていく。ごつごつした三橋の手が、ぬるぬるした物を、オレの背中に広げていく。
「おい、何塗ってんだ」
「ローションだ、けど、お湯を付けてこすれば、泡立つんだ、よー」
なんだ、それ? そんなのどこで売ってんだ?
ふひふひ笑いながら、三橋はその怪しげなローションを、今度はオレの胸に塗り始めた。
「うわ、おい、前はいいって!」
慌ててシャンプーを洗い流そうとするけど、ちょっと遅かった。タコだらけの指がオレの胸板を這い回り、不覚にもぞくぞくと背筋が震えた。
せっかく大人しくしてくれてた陰茎が、ゆるりと太く立ち上がる。
ふひっ。
今度は耳元で、三橋が笑った。
おい、と思った瞬間、オレの陰茎を三橋が掴んだ。そのままゆるく上下する右手が、そこにもローションを塗り込んでいく。
「うわ」
思わずうめいた。腰が引ける。やべぇってコレ!
「三橋、てめぇ、何を……?」
塗られた部分から、カッと熱が入り込んで、たまらねぇ程に怒張させた。何だコレ? 性器が張り詰め過ぎて、理性が飛ぶ。
刺激が欲しい! 痛ぇくらいに絞りつくして、白い熱を噴出させてぇ!
経験のない性衝動が、オレの中を暴れ回った。
なのにそれを握る三橋は、ゆるく焦らすように撫でるだけ。
「くそっ」
ダメだ、こんなんじゃ!
オレは三橋の右手越しに、一緒に陰茎を握りこんだ。そして三橋の手ごと、激しく握って上下させた。
ビシュ、っと白濁がシャワーに散る。
けど、これじゃ治まんねぇ。
何のローション塗ったんだよ、三橋!
「三橋っ!」
耐えられねーで呼んだ声に、三橋が耳元で応えた。
「オレに入れて」
ひっと息を呑む。ダメだ、オレはそれを恐れて。
必死で首を振る。なのに。
「阿部君」
三橋がオレを振り向かせる。
……大事にしようとしてんのに。
白い肌が、うっすらと桃色に上気して誘う。琥珀色の瞳が濡れる。怪しげなローションが、オレの理性のリミッターを外す。
……こんな状態で抱いちまったら。
……歯止め利かなくなるんだぞ、こら。
三橋からオレに、浅いキス。
オレの両手を、自分の腰に導いて。
三橋が命じた。
「オレを、滅茶苦茶にして」
どうしようってんだ。お前。加減してやれる自信ねーのに。
こんな手を使ってまで、オレをその気にさせたからには。
「後悔すんなよ」
もう遠慮しねーから。
(終)
かえは様、リクエストありがとうございました。
「焦れた三橋が阿部を誘惑して堕とす」こんな感じでいかがだったでしょうか? 切ない感じで三橋が泣いても良かったんですが、明るく書いてみました。別な感じが良かったら、書き直します……。
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