小説 3
偽りの戦果・中篇
谷川を渡って、荒れ野原を進む。身の丈ほどの枯れ草と藪が、逃亡者の痕跡を隠してる。
「まだ遠くへは行ってねぇ! 探せ!」
オレは馬の上で、ぐるっと周りを見回した。
もうとうに先に進んでいるか。
それとも、このまま藪の中に身を潜め、オレ達が行くのを待ってるか……。
「殿、あれを!」
兵の一人が、姫のものらしい、赤い着物の切れ端を見付けた。木の枝に引っ掛かって破れたらしい。
じゃあ、あっちに行ったのか……?
荒れ野の先は、小さな集落だろう。村人に匿われてしまったなら、見つけ出すのは困難だ。
「引き返しますか?」
「いや……」
オレは兵に答えながら馬を進め、着物の引っ掛かった木に近付いた。そっと手を伸ばして、切れ端を見る。
何か変じゃねぇか?
何が変だ?
「なあ、馬の痕跡はあったか?」
姫が馬に乗ってなきゃ、こんな高いとこに着物は引っかかんねぇだろ。でも枯れ草も藪も、馬に踏み荒らされた感じはねぇ。
「なあ?」
返事が無いのを不審に思って振り返ると、さっきまで側にいた兵がいない。
「おい?」
ぎょっとして固まる。
兵の姿が一人も見えねぇ。
カサリと音がした。
ギィン!
振り下ろされた刀を、間一髪受け止める。
けど、慌てて手綱を放しちまった。驚いた馬に振り落とされる。
地面に転がり、すぐに起き上がると同時に、また攻撃が来る。
ヒュン、と風切り音がして、すぐ脇の枯れ草が宙に舞う。考える間も無く、身を伏せて前に出た。
刀ってのは間合いがある。退いて避けるより、前に出た方が切られねぇ。けど相手も当然それを知ってる。オレが前に出た分、相手も後ろに飛び去った。
攻撃が速すぎて避けんのが精一杯だ。だから相手の顔も分からねぇ。分からねぇけど、女物の着物を着てんのは確かだ。
女か? それとも女装した男か?
橙色の着物。枯れ草に、微妙に紛れる。髪も多分、黒じゃねぇ。布でも被ってるか、三橋みてぇな茶髪か。
そうだ、三橋! あいつに会う前に、こんなとこで死ぬ訳にいかねぇ!
相手に対して、オレの方は黒髪に、濃色の狩衣。木立には紛れるが、ここじゃ丸見えだ。
圧倒的に不利。
カサカサと音を立てる枯れ草に、ぞっと肌を粟立てる。それは風の音か、敵の歩く音か?
緊張に耐えかねて、大声で訊いた。
「お前、誰だ? 瑠璃姫じゃねーよな?」
オレの問いに、藪の中から応えが返る。
「瑠璃はここに、いない」
瑠璃……姫を呼び捨てにするって事は、身内の者か。
「どこ逃げた?」
「今頃、は、叶君と一緒、だ。落ち延びてる、よ」
城主と一緒!? いつの間に、どうやって? イヤ、それ以前に。
その声! その喋り方!
「三橋……」
返事はない。
でも、何で?
「お前、主上の側近だろうが。何でこんなとこにいる? 何であっちの味方するんだ?」
カサリ、と枯葉を踏む音が立つ。
三橋は黙ってる。
……オレだと気付いて、まだ刀を収めねぇ。
まだ姿も見せてくれねぇ。
「三橋、分かってんだろ。オレだよ、阿部隆也だ」
自分でも、声が震えてんのが分かる。
だって、ショックだ。
「三橋……。頼むから……」
頼むから、何だってんだ?
自分でもよく分からねぇ。けど、このまま戦い続けるのはイヤだった。
だってオレは、三橋の為に。三橋に会う為の功を上げたくて、その為に、ここにいるのに。
その本人と斬り合うなんて、おかしくねぇか?
「阿部君」
三橋が静かにオレを呼んだ。
「瑠璃は、オレのイトコだよ。叶君は、オレの幼馴染、だ。三星はオレの育った城、なんだ、よ」
それは初耳だった。
けど主上は、領地を広げるたびに城を取り上げ、忠臣に下げ渡すのを繰り返してる。今回の叶家討伐だって、素直に城を明け渡せば、無血開城できたんじゃねーのか?
しかし三橋は否定した。
「榛名さん、には、何度もお願いした、んだ。二人を殺さないで、って」
でもダメだった……、と三橋は言った。
「榛名さんを、裏切る、事になっても。オレは、二人を見殺し、になんか、できないんだ、よっ!」
枯れ草の向こうから、ようやく三橋が姿を現した。太刀を中段に構えてる。
ちょっと背が伸びた。
でも変わってねぇ。オレを睨む、大きなつり目。
そして、相変わらず……泣き虫だった。
(続く)
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