小説 3
偽りの戦果・前編 (敵対パロ・なんちゃって戦国・シリアス注意)
「殿、いました!」
兵が小声で、でも興奮を抑え切れねーように言った。
「おし、でかした」
兵の肩をパン、と叩き、木立の影からそいつの指差す方を見やる。成程……山道を逃げるように、十数人が馬に乗って駆けて行く。
遠眼鏡で覗けば、ちらっと赤い着物が見える。
女がいる。間違いねぇ、姫だ。城を落ちようとしてんだろう。
「そうはさせっかよ」
瑠璃姫には賞金が掛かってる。けどそれ以上に、オレは彼女を生け捕りたかった。
「囲い込め。行くぞ!」
オレは兵達と競うように馬に乗り、敵将の奥方の元に向かった。
この山の中腹に、城からの抜け道があるのは分かってた。1年前から潜り込んでた忍びが、城の古い見取り図を手に入れた。
それがおよそ半月前だ。
そしてそれを見計らったかのように、主上から叶家討伐戦への参加の命が来た。
叶家の有する三星城は、群馬の南の要だ。ここを落とせば、群馬攻略もずっと楽になる。
群馬が落ちれば、次は山梨と共に長野を攻めるか……それとも、栃木の方が先だろうか?
関東一円の支配を望む主上・榛名は、そうやって精力的に、自らの領地を増やしていた。その主上は今頃、主力本隊と共に三星城に入り、城主の首を取ってんだろう。
………オレから取り上げた、有能な茶髪の側近と共に。
オレは2年前まで、榛名の小姓の一人だった。
小姓ってのは側近の一種で、普通は重臣なんかの子弟がなる。
外出時の身辺守護は勿論だが、書類の整理や手紙の代筆、食事や着替え、武具・防具を運んだり、風呂や寝床の準備もする。来客の受付や接待、城の案内なんかも任されたりする。
まあ簡単に言えば、雑用係だ。
けど、主上の一番近くに仕える、最も重要な役職でもある。
小姓上がりの連中は、そのまま身辺守護を続ける馬廻りになったり、オレみてぇに領地を任されて、そこの城の城代になったりすんのが普通だ。
けど、中にはもっと名誉な地位に着く奴もいる。
オレの恋人だった三橋廉が、そうだ。
三橋廉……思い出すのは頼りなげな下がり眉と、意外に強情な大きなつり目。
女より白い肌と、柔らかな茶髪。
剣も銃も人並み以上に使えるくせに、いつも自信無げで、キョドりがちな仕草……。
小姓仲間の中でも、三橋が相当な努力家だと知る者は少なかった。あいつはその努力を人に見せんのを嫌ったし、自分でもそれが特別とは思ってなかったから。
オレはあいつの、そんな頑張りが好きだった。
色々不器用なせいで、何かと誤解されがちなあいつを、いつも守りたいと思ってた。
早くあいつの努力が認められ、周りを見返したいと思ってた。
主上は間も無く、三橋の実力に気付いたらしい。そして重用し始めた。
当時オレ達は、城下に小さな屋敷を構え、二人で一緒に暮らしてた。けど、三橋が主上に気に入られ始めてから、突然三橋は忙しくなり、二人で過ごす時間は激減した。
引き離された、と気付いたのは、オレが小姓の任を解かれてからだ。
オレは北埼玉に領地を戴き、小さな城の城代を任され、主城を去ることになった。突然の出世だった。それと同時に三橋は、小姓筆頭となって、今も榛名の側にいる。
もう2年会ってねぇ。
だからオレは思うんだ。
もし、この討伐で功を上げれば……。
落ち延びようとする叶家の奥方を、生け捕りにして主上に差し出せば……。一目くらい、三橋に会わせて貰えんじゃねーかって。
懸命に馬を走らせたが、ちょっと出遅れたようだった。瑠璃姫の首は、本隊以外の連中、皆が狙ってる。
怒声と悲鳴、馬のいななきが遠くから聞こえてきて、オレは焦りに眉をしかめた。
「くそっ」
瑠璃姫を先に捕られちまったら、また三橋が遠くなる。
姫の共の中に、スゲー手練がいてくれたりしねーかな。そんな事をちょっと思う。
もし敵にスゲー強い奴がいて、先着隊の連中が、それにてこずってくれてたら……まだオレにも勝機はある。
やがて山道が途絶え、突然視界が開けた。
砂利の目立つ小さな谷川が、目前に広がる。
予想外の惨状が、オレ達を出迎えた。
「何だ、これ」
散らばる荷物。重なる死体。
どうやらホントに、スゲー使い手がいたらしい。死体のほとんどが、オレ達の仲間……主上の命を受けてた、別働隊のものだった。
緊張に顔を引き締める。
オレの兵達も黙ってる。
「行くぞ!」
オレは大声で気合を入れ、馬の腹を蹴った。
(続く)
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