小説 3
廃王子は夜に啼く 7 (完結)
オレは王子を抱き締めた。
「ミハシ!」
良かった。完全に失くしちまう前に気付けてよかった。大事だって。愛しいって。気付けてよかった。
両肩を掴み、支え、顔を覗き込む。視線を逸らさず、しっかりと合わせる。そして言った。
「お前だけを王と仰ぐ。お前をこれから一生支え、ともに生き、ともに歩み、ともに治めることを誓う。二度と一人にしねぇって、お前に誓うよ、ミハシ」
王子はまだ、何が起こったのか分かっていねぇようだった。ただ、右手をのろのろと挙げて、不思議そうに眺めてる。もう光は消えていて、でも何か名残みてぇなものがあるんだろうか。
そんなぼんやりした仕草も、今は何か愛おしくて、はは、と笑みをもらした。
突然周りが、ザン、と音を立てて暗くなった。
王子を庇うように胸に抱き、周りを見れば、黒いローブ姿の大人達。魔導師会の、師匠連中だ。
あ、と言う間も無く、今度はオレ達も一緒に移動する。
ザン、と軽い衝撃の後、連れて来られたのは、建物の中。荘厳な、金と紅の広い部屋だ。
「ここ、は」
オレには見覚えがなかった。けど、王子にはあるようだった。ふらふらと立ち上がる。オレはそれを支えてやりながら、一瞬、あれ、と思う。けど考えてる間もなかった。
ざわ、と周囲がざわめいている。着飾った男女が驚いた顔でオレ達を眺め、潮の引くように壁際に寄った。
玉座には女王が座っていた。
いや、怒った顔で立ち上がってる。
「何用じゃ!?」
傲慢な声が部屋に響く。ふと視線がこっちに流れ、鋭い目で睨まれる。オレはその視線を堂々と受け、不敵に笑みを浮かべた。
師匠の一人が、杖を小さく振った。
女王の傍らにあった金の大きな杯が、ふわっと浮かんで飛んでくる。それを受け止めた魔導師が、うやうやしく捧げ持って、王子の前に差し出した。
王子はちょっとためらい、オレを見た。オレは安心させるようにうなずき、手を出すように促した。
王子が手を王杯にかざすと………世界が一瞬、白くなった。
眩しい!
質量のある光。
「ぎゃああっ」
向こうで女王の悲鳴が上がる。続いて上がる、複数の悲鳴。そして床に倒れる気配。
音なき音を立てて、白い光は鼓膜さえ揺るがし、大広間いっぱいに満ち満ちた。
やがて光は少しずつ収束し、王子の右手の中に戻った。
周りを見れば、皆がひざまずいていた。師匠達も、着飾った連中も。玉座の横の、弟王子も。立っているのはオレと王子だけで、二人、顔を見合わせた。
「我ら魔導師会一同、ミハシ王子の復位、並びに、ミハシ新王の戴冠を認証致します」
その場にいた誰も、異を唱えなかった。
勿論オレも、王子自身も。
王子は右手を嬉しそうに眺め、おずおずとオレに言った。
「アベ君、何で……?」
オレは笑って答えた。
「お前のこと、好きになっちまった、からかな」
それよりさ、聞きたいことあるんだけど。
「お前、足、いつ治ってたの?」
王子は、ふひっと笑って答えた。
最初に泊まった宿屋で、オレがだらしなく寝ている間。接骨のできる客の一人が、骨をまっすぐにしてくれたんだと。魔法じゃなくて、人の手で。
そういえば、宿ですぐ診てやって以来、王子の足を治してやろうとも思わなかった……と、そんな事を思い出した。
「魔法使いじゃなく、ても、ね。できることは、あるんだ、よ」
王子は穏やかに笑って、ゆっくりと玉座に近寄った。まだ足は治ったばかりで、一歩進むのさえ辛そうだった。けど、自分で歩きてぇのが分かったから、オレは肩を貸すしかしなかった。
女王の前までゆっくりと歩み寄り、王子は、女王に右手をかざした。
癒し手が、女王の痛みを癒す。
王の光に焼かれた瞳を。欲に冒された胸を。
全てを赦し、癒す。
こいつは、そういう王になるだろう。
オレの選んだ、ミハシ=レンは。
(完)
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