小説 3
廃王子は夜に啼く 6
「魔法使い、の、アベ君。オレを殺す、なら、魔法使わないで、キミの手、で、殺して」
散々こすって赤くなった目で、オレを見つめて、王子が言った。
もう泣いてなかった。代わりに、いつか見た力強い光は消えうせ、全てを諦めたような、ガラス球のような目をしてた。
魔法を使わねーってことは、首を絞めて殺せってことなんだろうか。
この手を使って、誰かの……王子の命を摘む。
そんなことしたら、手の感触も、音も、断末魔の声も、表情も………何も忘れられなくなっちまうじゃねーか。
一生、ずっと、背負えってか?
それが、お前がオレに望む事か?
「分かったよ」
オレは王子を押し倒し、いまだにガリガリのままの体に、馬乗りになった。そして、簡単に折れそうな、細い首に両手をかけた。
ぐっ、と体重を込めて、締め付ける。
王子の白い顔が赤くなり、蒼くなる。
オレの下で苦しさにもがく、細い体。
琥珀の瞳が、オレを見てる。
胸が痛ぇ。
何でだろ。
腕に力が入らねぇ。
痛ぇ。辛ぇ。歯を食いしばる。
……けど、あれ、突然楽になった。
何だったんだろ、さっきの。胸はもうちっとも痛まねぇで、楽に両手に力がこもる。いつの間にか王子の両手が、オレの胸を押し返してた。その手がぶるぶる震えてる。
待ってろ、今すぐに楽にしてやる。苦しいの終わらせてやるから。すぐだから。
オレは更に体重をかけ、王子の息の根を、止めた。
パタン、と細い腕が地面に落ちた。
「うあっ!」
突然、ものすごい胸の痛みがオレを襲った。
癒し手を失って。
「あ……ウソ、だろ?」
地に落ちた右手を見る。さっきまで、オレの胸に当てられてた………胸の痛みを癒していた、右手を。
「痛ぇよ」
胸が引き裂かれそうだ。
辛ぇ! 痛ぇ!
ウソだろ、ミハシ!
「ミハシっ!」
オレは王子の体を揺さぶった。抱き起こし、抱き締める。けどそれは、目も口も開けたまま、ぐったりと力を失っていた。
そっと顔にてのひらを当てる。息をしてねぇ。
胸に耳を当てる。鼓動も止まってる。
白い喉には、オレの付けた両手の痕。
「ウソ、だろ」
死んでる。
オレが今、殺した。
ウソだろ。
何でお前、自分を殺そうとしてる人間の、胸の痛みまでとっちゃう訳?
何でお前、そんな?
「目、開けてくれ!」
杖を取り出し、王子の胸に当てる。蘇生魔法。
ドン!
衝撃とともに、王子の手足がバラバラと跳ねる。けど、だめだ、ぴくりとも動かねぇ。
落ち着け、一回習ったハズだ。蘇生法。
オレは震える手で、王子のシャツを捲り上げた。乳首と乳首の間、胸の真ん中に手のひらを当て、腕を伸ばして強く押す。1、2、3、4、………30。王子のあごを持ち上げ、喉を伸ばすよう上を向かせる。唇を塞いで、息を吹き込む。薄い胸が膨らむように。
唇に頬を当てる。息してねぇか確かめる。
くそ。
もっかい繰り返す。胸の間を強く押す。30数えて、息を吹き込む。ゆっくり2回。
頼む、息してくれよ。確かめる。涙ぐむ。
胸が痛ぇの、何とかしてくれよ。
「なあ、ミハシ。誓うから」
お前に忠誠を誓うから。もう2度と泣かさねぇって誓うから。
頼むから、その目を開けてくれ!
もっかい杖で胸に触れる。ドン! 衝撃とともに、王子の体が跳ねた。
「う……」
ゲホゲホ、と王子が弱々しく咳をした。無意識にか、喉に右手を当てている。
その右手が白く光っていることに……オレはすぐに気が付いた。
(続く)
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