小説 3
廃王子は夜に啼く 5
朝から足取りが重かった。
いつ命令を実行するか……ずっとそればかり考えてた。
魔導師会に呼ばれているのは本当だった。ただ、魔導師会が、なぜミハシ王子を連れて来いと言ったのか、その理由までは知らなかった。
殺すのは、魔導師会本部に連れてってからでいいんじゃねーか? どっちみち、本部のある地方都市まで、そう遠くねぇ。
でも、魔導師達に会わせる事が、女王の邪魔になるようなら、このまま殺した方がいいかも知んねー。
オレはそんな事を考えながら、王子を背負って歩き続けた。
突然、王子が言った。
「アベ、君。ここでお昼に、しよう」
周りを見ると、なだらかな丘のほとりに小川が流れている、美しい場所だった。丘には一面に小さな白い花が咲いていて、小川は澄んで冷たそうだった。ピクニックによさそうな場所だ。
「ああ、分かった」
オレは小川のそばに、王子を降ろした。
肩と腰をぐっと伸ばして、コリをほぐす。
「いつもごめんね、重かった、よね」
「いや、全然。そんなに重くねーし、腕も腰も全然痛くねーよ」
と、そう言って、唐突に気付いた。
「もしかしてお前、ずっと右手で……」
癒し手でずっと、オレの負担、取ってくれてたのか?
王子は答える代わりに、ふひっと笑った。
「サンキュな」
オレは口の中でごにょごにょと礼を言い、懐から弁当と杖を取り出した。弁当はあらかじめ魔法で、紙のように薄くしてあった。杖で触れると、ぼん、と煙とともに元の大きさに戻る。
昨日泊まった宿の女将が、今朝オレ達に持たせてくれたものだ。
「魔法使い、いいな」
王子が言った。
「前もそれ、言ってたな」
オレは笑いながらバスケットを開けた。中に入ってるのは、チキンとチーズとレタスのサンドイッチ。一つ取って王子に渡すと、彼は美味そうにしょりしょりと食った。
すっかり食べ終わった後、王子はごろんと仰向けに寝転がった。
「いい天気だ、ね」
「あー」
「きれいな場所、だね」
「そうだな」
後片付けをしながら適当に返事をしてたら、それっきり王子が黙り込んだ。ちらっと目をやれば、寝転がったまま、両腕で目を覆ってる。
「眠ぃーのか?」
返事はない。
寝てるのか?
周りを見回す。人影はない。
殺すなら、今なのか?
オレはごくりと生唾を呑んだ。
王子は両腕で顔を覆ったままだ。けど、突然、右手が伸ばされた。
ぎょっとした。
寝てなかったのか。
王子は右手を上に上げ、血脈を覗くように、太陽に透かした。そして、言った。
「アベ、君。最後にお願いが、ある」
声が濡れていて、泣いてると知った。
最後、と言われてドキンとする。
「もう一度、誓ってくれないか」
真っ赤になった大きな目が、縋るようにオレを見た。
何を、とは言われなかった。訊かなくても分かった。王子が欲しいのは、忠誠だ。
でも………。
「ごめん」
オレは顔を背けた。
もう嘘はつきたくねぇ。
「う、いい、んだ………オレ、こそ、ゴメン」
王子は両腕でゴシゴシと目をこすり、起き上がった。
「オレ、解ってる、んだ。誰、にも必要とされて、ない」」
「んなことねーだろ」
あんなにも皆から慕われて、「癒し手さま」って望まれて、拝まれることもあるのに。
でも王子は首を横に振った。
「オレじゃなくても、いーんだ。癒し手の持ち主なら、誰でも。う、お、オレ自身は………オレ自身は、誰も、いらないんだっ!」
王子の泣き顔を初めて見た。
昼に泣くのを初めて見た。
振り絞るように慟哭するのも。
……何でこいつは、そんな淋しいことを言うんだろう?
気が付くと、オレは王子の細い肩を抱き締めてた。
そんな資格ねーってのに。
これから殺さなきゃいけねー相手なのに。
「右手、ね。忠誠を貰う、と、光るんだ、って」
王子が、しゃくり上げながら言った。
「どうやった、ら、貰えるっ、のか、オレにはもう、解らないん、だ。だから教えっ、られない、んだ。ゴメンっね」
「何でお前が謝んだよ」
オレの嘘、最初からお前、解ってたんだな。右手が光らなかったから。オレの誓いが嘘だって、最初の晩に見抜いてたんだろな。
でも、何でオレなんだよ。
忠誠なんて、誰からでも貰えるじゃねーか。
こんな、目的があって近付いたオレじゃなくても。
女王と違って、真っ白な心のお前なら。誰だって忠誠を誓えるんじゃねーか。
「オレの右手は、光ら、ない。もう、光ることは、ないんだ、よ、アベ君」
それでも死ななきゃならないんなら………。
王子は言った。
この美しい場所で、死にたい、と。
(続く)
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