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小説 3
彼を待つ夜・前編 (15000Hitキリリク・大学生・切ない)
 久し振りに早く練習が終わった、金曜日の午後6時。見学に来てたOBさんたちのおごりで、皆は焼肉を食べに行くらしい。
 オレも誘われたけど、先約があるからと断った。
「ははぁ、彼女か?」
「か、彼女とかじゃないデス」
 一応否定したけど、すぐ顔が赤くなるので、あまり誤魔化しにはなってない。
「えー、三橋先輩、彼女いるんですかー?」
 この春入ったばかりの一年生マネージャーが、大げさに嘆いて見せて、それに先輩がうなずいた。
「いるんだよ、こいつ。だから狙っちゃダメだよー」
「やだー、どんな人なんですか?」
 質問されても、正直に答えるわけにはいかないので、曖昧にうなずいて、逃げることにした。喋れば何かボロが出る。だってオレの恋人・阿部君は……男だから。

 大学2年の6月。春季リーグもひと段落ついて、夏に向けて練習を強化する頃。
 阿部君とは高校の頃から付き合ってたけど、大学が一緒でも学部が違うと、すれ違いも多くてなかなか会えなかった。阿部君は野球部には入らなくて、今は野球サークルで、週に一回体を動かしてる。
 オレは大学のグラウンドの近くにアパートを借り、なんとか一人暮らしを始めてる。阿部君は実家から通ってるけど、今日は練習が早く終わるの分かってたから、久し振りに一緒に過ごす約束をしてたんだ。

「練習終わったよ。夕飯、何がいいですか?」
 阿部君にメールを打って、スーパーに向かう。いつも夕方以降は、すぐに返信してくれるから、遅くても買い物途中に、メールが貰えるハズだった。
 でも、今日は珍しく、返信がなかった。
 じゃあ、無難にカレーにしようかな? 最近カレーって作ってなかったし、おなかすいてて、がっつり食べたい気分だし。うん、カレーにしよう。
「カレーに決めたよ!」
 阿部君にまたメールを送って、家に帰り、さっそく準備を始めた。
 まずはご飯の用意。オレほどじゃないけど、阿部君もよく食べるだろうから、お米は5合炊いとこう。10皿分作れるカレー鍋は、大学入学の時に、お母さんから貰った。材料を全部切って、油で軽く炒めてから、水とスープの素で煮込む。
 鍋に蓋をしたのが……午後7時。

 あれ、阿部君は何時に来るのかな?

 ケータイをチェックするけど、着信はなかった。
「何時に来るの?」
 メールを打とうとしたけど、途中まで打って、削除する。カレーができてからにしよう。そう思って。
 野菜が煮えるのを待ってる間に、ご飯が炊けた。ピー、と言う電子音が、静かな部屋にやけに響いた。そういえば、TVを点けてなかった。だから部屋がしんとしてるって感じるんだ。
 どわ、っという大勢の人の笑い声を聞きながら、炊き立てのご飯を軽く混ぜる。カレールーを入れる頃、もう一度着信をチェックする。連絡は、ない。
 けど……もうちょっと待とう。

 オレは鍋の火を消して、リビングのローソファーにぽすんと座った。
 ケータイを取り出し、過去メールをチェックする。もしかして、予定変更になったとか、急用ができたとか、そんなメールを貰ってたのを忘れてるんじゃないかと思って。それか、約束の日にちを間違ってたとか……。
 けれど。6月17日、楽しみだな……っていうメールしか、出て来なかった。
 じゃあ、やっぱり今日だ。

 阿部君のサークルの練習日は、確か火曜か水曜とかだったから、今日は関係ないハズだよね。
 もうそろそろ来る、かな?
 考えると、そわそわしちゃってダメだ。うう、そうだな、8時まで待ってみよう。8時にまだ来なかったら、電話しよう。それまでTVでも見て待ってよう。
 クイズ番組に集中しようと、TV画面を見る。けど、問題も答えも、何も頭に入らなかった。

 午後8時。クイズが終わって、今度は違うバラエティーが始まった。
 オレは何故か少し緊張しながら、阿部君のケータイに電話した。けど、オレが聞いたのは、機械音声のメッセージ。
『お客様のお掛けになった電話番号は、現在電波の届かないところにいるか、電源が……』
 じゃあ、電車に乗ってるのかも知れない。
 もしかしたら急用で、自宅に一旦帰ったのかも知れない。

 もうちょっと待とう、かな?

 オレはユニットバスにお湯を張った。そして、たっぷり時間を掛けて、丁寧に体を洗った。頭も、丁寧に3回くらい洗った。
 お風呂の間に着信があったら困るので、一応ケータイは、すぐ取れる場所に置いといた。けど、結局着信はなかったから、無駄な心配だったんだけど。
 9時。さすがにおなかが空いてきた。
 ホントは阿部君と一緒に食べたかったけど、先に食べさせて貰おう。
 ご飯をたっぷりよそって、カレーもたっぷりかけて。あ、そういやサラダ作れば良かったな、なんて思い出す。
 けど、それこそ阿部君が来てから作ればいいや。

「うまそう、いただきます」
 一人呟いて、スプーンを口に運ぶ。
 子供の頃に見た、有名なアニメをぼんやり見ながら、黙って食べる。
 食器を片付けて、またぼんやりアニメを見て、そのアニメのエンディングロールが流れる頃……。
 ケータイが、鳴った。

「はいっ」

 飛びつくように出れば、聞こえてきたのは同期の野球部員の声。
『おー、三橋ー。一人? 彼女帰っちゃったのか?』
 帰ったどころか、まだ来てもないよ。
 心の中でそう呟いて、曖昧に返事する。
『暇なら出て来いよ、夜中までやってるボーリング場あんだってさ。先輩らが車で連れてってくれるって』
 こうやって誘ってくれるのは、とても嬉しい。だからいつもなら「行く!」って即答するけど……今日は、阿部君を待ってるから。
「ごめん、ちょっと今日は、遠慮する」
『そっかー、残念だなー。焼肉もサイコーだったぞ。まあ、またの機会だな!』
 そう言って、同期からの電話はあっさりと切れた。

 行けばよかったかな。

 焼肉も、ボーリングも。
 ちょっと後悔し始めたのは、午後11時半を過ぎた頃。
 あれっきり鳴らない電話。繰り返される機械音声。これが最後と送ったメール。
「今日は、もう来ないの?」
 ケータイを閉じ、歯磨きしようと立ち上がる。もうサラダも、食後のデザートに買ったメロンも、食べたくなくなっちゃった。
 
 鍋の蓋をきっちり閉め、炊飯器の電源を落とし、サラダボウルにラップを掛ける。冷蔵庫のドアを閉めた時……再び、ケータイが鳴った。
 ああ、ようやく阿部君だ。
「はい」
 胸いっぱいになりながら電話に出ると、向こうから聞こえてきたのは、たくさんの人の笑い声。
「もしもし、阿部君?」
『おー、三橋。何か、いっぱいメールくれてたみてーだな、まだ読んでねーけど。何か急用でもあったんか?』
 オレは泣き声にならないように気を付けるのが精一杯で、上手に返事ができなかった。
『三橋? 用がねーなら切るぞ?』
 電話の向こうからは、「阿部くーん、誰と電話してんのー?」という甘えたような女の子の声が聞こえる。
『彼女さん?』
『ばっか、そんなんじゃねーよ』
『もしもーし、今夜、阿部君を頂いちゃいまーす』
『変な冗談やめろって……あー、悪ぃ、三橋。今、サークルの連中で集まっててさ。急用とかじゃねーんなら、切るな? またメールするよ』

 オレは小さな声で、「うん」と返事するしかなかった。

(続く)

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