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小説 3
廃王子は夜に啼く 3
 目が覚めると、隣のベッドが空だった。
 逃げた!?
 まさか、あの足で?
 オレは慌てて杖を片手に、階段を駆け下りた。階下の食堂は、なぜか人が集まってるようで、ワイワイと賑わってる。
 血相を変えて降りて来たオレを見て、宿の主人がカウンターから出た。
「ああ、あんた。ありがとう、本当にありがとう」
「あーっ?」
 感謝される覚えはねぇ。それより、王子だ。
「オレの連れがいねーんだけどっ」
 そう言うと、店主はうやうやしく人だかりの方を指した。目を向ければ、人垣の隙間から、薄茶色のふわふわ頭が見え隠れしている。

 何だ、心配したのに。楽しそうにしてやがって。
「おい、お前……!」
 人ゴミを掻き分けて近寄ると、王子の前に、皮膚病らしい少女が恐る恐る立った。両手足や首に包帯を巻いてて、その包帯に血や膿の滲んだ、黄色い染みができていた。
「包帯を、取って」
 王子の指示で、周りの人々が手助けして、少女の包帯を取り去る。包帯の下からは、膿と血のこぼれ出る、幾つものデキモノが現れた。けど王子はイヤな顔一つしないで、そのデキモノに右手で触れた。
 王子が撫でるだけで、デキモノが次々に消え去っていく。周りの人々から、歓声が上がる。

 癒し手………か。そうか。

 廃位されても、やっぱこいつは王族なんだ。特別な右手を持っている。なかでも特に王に選ばれる奴は、王位を示す金杯に手をかざすと、右手が白く輝くとかいう。
 オレが知りたいのは、その輝く秘密だ。
 
 王子がオレの顔を見て、ふひっと笑った。
「アベ君、起きたんだ、ね。よく眠れ、た?」
「おー。髪、どしたんだ?」
 牢暮らしのせいで伸び放題だった王子の髪は、小ざっぱりと切り揃えられてた。風呂にも入ったらしく、いい匂いがする。ただ、相変わらずガリガリだったけど。
「お礼にね、何がいいか聞かれた、から。お風呂と、散髪」
「お礼……って、癒しのか?」
 うん、とうなずく王子にちょっと呆れる。だってそれじゃ、あまりに安くねーか?
 オレの感想をよそに、王子は色んな人の色んな症状を次々に癒し、それでいて何も要求しなかった。


「お連れ様」
 オレは店主に呼ばれて、カウンターで昼メシを振舞われた。いきさつを聞いたら、店主は「猫が」と答えた。
「この辺をうろついてる病気持ちの野良猫が、お部屋の窓から入り込みまして。慌てて伺ったら、あの方が猫を撫でておられて。そしたらねえ、猫の病気が治ってるじゃないですか。私の腰痛も、妻の頭痛も、気安く癒して頂けまして」
 夢の中で猫が鳴いてる、と思ったのは、あれは夢じゃなかったのか。もしかしたら、この店主が部屋に入って来た気配で、一度目が覚めたのかも知れねー。
 店主が、気の毒そうに言った。
「なのに、御自分のあの足は、治すことができねぇなんて、お気の毒ですねぇ」
「あー、あのままじゃな。骨さえ真っ直ぐにできりゃ、いいんだろうけどな」
 
 応えながら、そうか、と思った。何であいつが両足を折られたのか。
 どんな不衛生にしても、病気にならない癒し手の王子……確実に痛めつけるには、癒せない骨折をさせんのが一番って訳だ。
 ひでぇ事をする。
 まだ出会って1日目だし、まだ分かんねーけど。でもそんな憎んだり、殺したりしなきゃいけねーようには思えなかった。
 仕事を抜きにしても。



 患者がひと段落したので、再び王子を横抱きにして、自分達の部屋に戻った。
「オレ、少しは役に立てた」
 王子は嬉しそうだった。
「これで、殺されず、にすむ、か、な?」
 どんな顔で言ってんのか、見れなかった。
「役立たずなんかじゃねーだろ、初めから」
「そう、思う?」
「思うよ!」
 むしろ、役立たずじゃねーから、地下牢に入ってたんだろ? そして、入れてた連中がこだわってんのは、癒し手の力の方じゃねーだろ?

 窓からの光に、王子は右手を透かしていた。光っても輝いてもない。普通の手だ。
「なあ、右手、触ってもいーか?」
 勇気を出して聞くと、ためらいもなく、目の前に差し出された。
 無防備だよな。
 オレは苦く笑いながら、その手に触れた。
 やせ細って、筋張った、でも体の割りに大きな手。温かい、白い手。触っても、何の不思議なとこもねぇ。
「なあ、王杯に手をかざすと、この手が白く光んだって? なんで光るんだ? こんな普通の右手なのに」
 オレが訊くと、王子はしばらく沈黙した。温かかった右手が、急速に冷えていく。緊張してる。
 しまった、警戒させたか?
 何とか取り繕おうと、口を開けたとき……王子が言った。


「アベ君が、オレに、忠誠を誓ってくれ、たら、教える、よ」


 ギョッとして顔を上げると、王子がオレをじっと見てる。琥珀色の大きな瞳が、鋭い光でオレを射抜く。
 オレは目を逸らし、「誓うよ」と言った。
「お前に忠誠を誓う」
 そして右手の甲に口接けた。


 王子はひぅっと息を呑み、オレから右手を取り戻した。そして、それをしみじみ眺め、笑ってオレに見せた。

「心配しなくても、オレの右手は、光らない、よ」

 どうすれば光が貰えるのか、自分にも解らない。だから教えることはできない、と……王子はオレに謝った。

 その夜、彼は一人、ベッドの上で声を出さずに啼いていた。オレは頭から毛布を被り、何も聞こえないフリをした。
 慰めてやることは、できなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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