小説 3
メダリオン・6
人魚は、いつも首にジャラジャラした豪華な首飾りを着けてた。
鮫の牙と、白い貝と、そしてやっぱ珊瑚と真珠。
昔オレが貰った物と、だいぶ印象が違うけど、材料がかぶるからかな、どこか似てる。
「それ、自分で作んのか?」
オレの問いに、人魚は「う、うん」とうなずいた。
「御守りは、だ、大体、自分で作る。あと、交換したり、とか」
「へぇ」
御守りなのか。ただ豪華なだけじゃなくて、ちゃんと意味があるんだな。
「あ、あ、あの。オレ、作ってあげよう、か?」
何故か人魚が、顔を真っ赤にして言った。
「あー? いいよ、別に。オレにゃこれがあるし」
そう言って、胸元の質素な首飾りを軽くつまむ。
地味だとかゴミだとか言われるかとも思ったけど、意外にも人魚は、眉を下げてうなずいた。
「あ、う、それも、御守り、だね」
何か歯切れ悪ぃけど、そうか、一応御守りに見えんだな。
泣きながら修繕した事を思い出す。
「そういやお前、これで釣られたんだもんな」
そう言ってからかうと、人魚がむうっとむくれた。
「お、オレ、魚じゃナイ」
「ははっ」
確かに魚は、こんなふくれっ面をしねぇよな。
「あのさ。そ、それ、誰かに貰った?」
人魚が、おずおずと訊いた。
「あー、覚えてねぇけど、多分」
「……大事な人?」
「さあ。つか、覚えてねーんだ。何で?」
逆に訊いてやると、人魚は少しためらいながら応えた。
「それ、人魚が作ったと思う、から」
「何だ、ヤキモチか?」
からかうように言うと、図星だったみてぇで、「ち、がう」と言いながら、うつむいた。
指先で頬をつついてやると、思った以上に柔らけぇ。
思わずぷっと吹き出すと、人魚もつられて「う、ひ、へ」と笑った。
他の人魚にヤキモチとか。何考えてんだろな?
じっと見つめると、キョドキョドと視線を揺らし、恥ずかしそうに下を向く。
右手を顔に添えてやると、甘えるように摺り寄せて来んのは、計算か、無意識か?
白い頬。上から差し込む光を受けて、金色にけぶる長い睫毛。
とろけるように人魚が笑う。
ふわりと香る、甘い吐息。
吸い寄せられるように、気が付けば、口接けていた。
一瞬の後、はっと体を離すと、人魚は両手で顔を覆い、ざぶんと海に身を隠した。
「あ……」
追うように手を伸ばしかけて、くそっと思う。
オレ、一体何やってんだろう。
何、和んでんだろう。
何でオレ、人魚にキスなんかしてんだろう。
何でオレは……。
「くそっ」
……あと一週間で、死ななきゃならねぇんだろう。
何でとか、今更。こんな事考えるようじゃ、潔斎失敗だ。
人魚なんか、捕まえなきゃよかった。
次の日、人魚が食料と一緒に、黒い首飾りを持って来た。
黒光りするムール貝の殻がメインで、合間に真珠や鮫の牙なんかが飾られてる。
あれから出て来ねぇと思ったら、そんなもん作ってたのか。バカだな。
昨日のヤキモチの続きか?
ムール貝磨くの、大変だったろうに。バカすぎて胸が痛ぇ。
「め、メーワクじゃなかったら、御守り、に」
人魚はうっすらと頬を染め、恥ずかしそうに言った。受け取ってくれないか、と。
気持ちは嬉しかった。けど、ちょっと迷った。
だって、後6日だ。半分切ってんだ。
後6日で……約束の2週間が来るってのに、御守りなんか貰ってどうする?
でも、貰ってやらなきゃ、また泣くか?
それとも逆に、残り短ぇからこそ、貰うべきか?
オレは、10年間大事にしてた、粗末な首飾りを人魚にやった。そして、代わりに黒い首飾りを受け取った。
「あんがとな」
人魚は、オレの首飾りをしげしげと見て、驚いたように「お、あ、こ、これ……」と言った。
「いーんだよ、交換」
笑って見せると、人魚も大きくうなずいて……けど、すぐに、その眉を寄せた。
理由は分かってる。オレが笑ってねぇからだ。
だって、なんかもう笑える気分じゃねーし。
「あのな。オレ、後6日しかいらんねーんだ。後6日で、死ななきゃならねーから。けど、それまで大事にするな」
今まで、その事をこいつに教えてなかった。
オレだって、考えていたくなかったし、敢えて考えないようにしてた。
こいつといると楽しくて、束の間、忘れる事さえできていた。
口に出したこともなかった。
だから、知らねぇと思ってた。
言えば泣くんじゃねーかとすら思ってた。
けど……人魚は悲しげに「そ、か」と呟いただけだった。
(続く)
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