小説 3
仇花・5 (後半少しだけR18)
オレは夜会を飛び出し、桐青屋へと走った。途中、三橋の好きな飴玉を屋台で一袋買い、ポケットに入れた。
三橋は格子の中にいた。隅の目立たないところに座っていたが、オレの顔を見て、ぱっと笑顔になった。
「隆也様」
三橋が嬉しそうにオレを呼ぶ。上目がちに見つめる、睫毛の奥の、大きなつり目。きっちり結い上げて簪を挿した、薄茶色のふわふわの猫毛。
何で今まで思い出さなかったんだろう。こいつはこんなにも、あの頃の面影を残してんのに。
昨日と同じ、狭い座敷へと向かいながら、オレはポケットから飴玉の袋を取り出し、三橋に渡した。
「いつもありがとうございんす」
三橋は喜んで受け取り、飴玉を一つ取り出して、光に透かした。
「お前、飴玉好きだよな」
「あい」
「ずっと前にも、こうして飴玉やったの覚えてっか?」
三橋がはっとオレを見た。
「さっき、泉から全部聞いた」
オレはじっと三橋を見つめた。どんな表情の変化も、少しも見逃さねーように。
白い顔に浮かぶのは、憎悪か、嫌悪か。
けど、三橋は………儚げな顔で、美しく微笑んで言った。
「もう、忘れてしまいんした。ここへ来る前のことは」
三畳の狭い座敷。布団の支度はまだなくて、オレらに膳が運ばれて来る。
「夜会のお料理は、洋風のお料理でありんすか?」
オレの盃に酒を注ぎながら、三橋が言った。
「お酒も、わいんとか、ぶらんでえとか、甘かったり、いい匂いがするって」
「泉に教えて貰ったんか?」
「あい。いつも色んなお話をして下さいんす」
オレは盃をあおり、膳に置いた。
「ならこの先は、泉だけに優しくして貰え」
三橋が息を呑んだ。泣きそうに顔を歪め、オレの手首に両手で縋った。
「もう来て下さらないのでありんすか?」
オレはその手を振り払った。
「オレはお前の仇だ」
「違っ……」
三橋が首を横に振る。
「違わねーんだよ。もう会わねー方がいいんじゃねーのか。お前も本心ではイヤなんだろ?」
「イヤじゃありんせん!」
三橋がいきなり、オレの胸元に飛び込んできた。今まで、こんな事して来なかったから、驚いた。
「昔のことは、忘れてしまいんした。わっちは、今の隆也様しか知りんせん。外国のお話をして下さって。チェスを教えて下さって。将棋も囲碁もお強くて。お土産にいつもお菓子を下さって。そんな隆也様しか知りんせん。口接けも、お床も、隆也様が初めての方でありんすのに!」
「そりゃ、悪かったな」
オレは三橋の肩を撫でた。突き放す気にはなれなかった。
三橋は泣き濡れた顔で、オレを見上げた。
「仇を好きになっては、いけないのでありんすか?」
男娼の囁く恋なんて、本気にするもんじゃねぇ。
「お慕いしておりんす」
男を虜にする術を、手練手管と呼ぶそうだ。
「抱いておくんなんし」
……本気にするもんじゃねぇ。
昨日オレが付けた痕は、まだあちこちに残ってた。三橋はオレを「旦那様」と呼ばず、ずっと名を呼び続けた。
甘い声で。
幸せそうに、うっとりと。
オレに激しく突き上げられながら。揺さぶられて、白い喉を仰け反らせて。オレの思うままに体を扱われながら、攻められながら、三橋はオレから目を逸らさなかった。
これが最後だと、悟っているかのようだった。
(続く)
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