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小説 3
メダリオン・5
 細い、けどしっかり筋肉のついた上体。
 へその下辺りから突然切り替わる、黄金の鱗。
 その肌は境界線がはっきりとしてて、ほんの少し盛り上がってすらいた。まるで……体にぴったりとした、鱗の薄布を纏ってるようだ。

 尾は魚のように真っ平らじゃなく、なまめかしい曲線を描いてる。
 はっきりと、脚の形が分かった。鼠径部から脚へと続く、深いスリットを思わせる。
 へそがあるからには胎生で、だからそれなりの機能もあるんだろう。
 この薄布を引き剥がせば、ヒトと同じ下半身が現れるんじゃないか。

 見たい。知りたい。暴きたい。
 白肌と金鱗の合間に爪を立て、一気に引き裂き、引き剥がしたい。
 やがて現れた白い脚を……。
 脚、を?

 オレは、一体どうしてぇんだ……?



 目を開けて、天井を睨む。
 朝日が差し込み、青い空が見えた。
 オレは、ふー、と息を吐き、腹筋を使って起き上がった。
 あの人魚が「ここには他に何もいない」って言ったから、オレは壁際で小さくなるのをやめて、洞の真ん中で寝ることにした。
 砂利の上は、やっぱ体が痛かったけど、座って寝るよりはマシだろう。
 あれから、もう5日になる。


「殺さないで」
 つって泣かれるとは思わなかったから、オレの方もちょっと意外で、鼻白んだ。
 掴まえて、その後どうしようとか、考えてた訳じゃねーけどさ。いざ捕らえてみたら凶暴どころか、臆病で泣き虫で、そして……キレイな生き物だったし。
 思わず「悪ぃ」とか言って、放してやったら、そいつはびくびく震えながら、ひじを突いて上体を起こした。

「オレ、のこと、殺さない……?」

 意外そうに言われて、ちょっとムッとした。
 そりゃ、いきなり乱暴にしたのは悪かったけどさ。
「はあっ!? 誰が?」
 思わず大声を出したら、そいつはビョンッと飛び上がって、次の瞬間には大きな水しぶきが上がってた。

 絶対逃げたと思ったんだけど、しばらくしてまた、向こうの岩壁ギリギリのとこに現れた。
 水面から、顔を半分だけ出してる。
 当たり前だけど、すっげー警戒されてるみてーだった。
 オレはため息をついて、頭をガリガリ掻いた。

「あのさ」
 できるだけ穏やかな声で、優しく笑って、オレは言った。
「お前がオレのこと殺さねーなら、オレもお前を殺さねーよ」
 そしたら、人魚はしばらく考えて、「う、うん!」と大声で返事した。
「オレ、殺さない、よっ!」
 なんだ、言葉通じるじゃん? そう思ったら、ほっとした。

「じゃあ、それ、そこの。お前にやるよ」
 オレは、人魚の左横を指差した。そこには、さっき投げ付けて、こいつを脅かしたりんごが、まだプカプカ浮かんでた。
「う、お」
 人魚はそれを取り上げて、しばらく黙り、そしてにかっと無防備に笑った。
「あり、がとう」



 そんな無防備に、しかも対等に、礼を言われた事なんかあったかな。
 兄弟とも、国民とも、臣下とも違う。
 まあ、そりゃそうか。そもそも人間じゃねーもんな。

 オレはいつものように階段を上り、鉄格子から差し入れられた食料を抱えて、また階段を降りた。
 広い洞の中に、人魚の呑気な鼻歌が響いてる。
 岩の縁に腰掛け、海面を尾で叩きながら歌う様子は、ガキみてぇにあどけない。
 人魚の歌声ってのは、船を難破させるくらい美しいって聞いてたけど、こいつに限ってはそうでもねぇよな。
 むっふっふーん、とひたすら続く珍妙な鼻歌は、お世辞にも聞き惚れるって程じゃねぇ。だいぶ慣れたけど、最初は「下っ手くそだなぁ」とか思ってた。

「よう。はよ」
 オレが声を掛けると、人魚は嬉しそうに笑って、「おは、よう」と返事した。
 その傍らには、新鮮な魚介類が置いてある。こいつが捕って来てくれたモノだ。
 オレは、人魚の近くに腰を下ろし、食料を並べた。
 りんご、オレンジにトマト、きゅうり。蜂蜜と、牛乳、そしてワイン。
 人魚が持って来たのは、大小の海老とウニと貝、そして自分用のらしい、生魚。

 前に、生魚は苦手だっつーと、きょとんと首を傾げてた。
「何で焼かない、の?」
 無邪気に訊かれたから、簡単に答えた。
「火絶ち中なんだよ」
 そしたら、意味が分かんなかったらしい。「へ、へえ」とか相槌打ってたけど、でっかいハテナマーク浮かべてんのが、よく分かった。
 まあ、そもそも人魚は火ぃ使わねーんだろうし。だったら、火絶ちの意味も分かんねーか?


「いつも悪ぃな」
 オレは人魚に礼を言って、まだ動いてる海老の殻を剥いた。
「ううん。オレも、誰かと一緒、嬉しい、よっ」
 人魚は持って来た魚に噛み付いて、器用に鱗付きの皮を引き剥がした。
 その様子を見て、はっとした。

 ああ、これか。

 今朝の夢……。
 こいつの鱗を引き剥がし、その下にあるだろう下肢を暴きたいと思ったのは。
 気付いてみりゃ何の事は無い、こいつがそうやって魚を食べるからだ。

「は、ははっ」
 オレは小さく笑って、ワインのビンに口をつけた。
 カッと口の中に熱がこもり、飲み下すとそのまま、喉から胃へと熱くなる。
 人魚は、食べ終えた魚の骨を、ぽいと海に放って、同じくワインを一口飲んだ。
「海にゴミ捨てていーのか?」
 冗談半分で訊くと、人魚は少し赤くなった顔で、またきょとんと首をかしげた。

「で、でもこの下、骨がいっぱいだ、よ」

 ホントかよ、と思いながら、蜂蜜を指にすくう。
 べろりと舐めると、すげー甘ぇ。
 もっかいすくって、人魚の口元に持っていくと……。

 人魚はちゅうちょなく、オレの指を口に含んだ。
 ぞくりとした。

(続く)

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あきゅろす。
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