小説 3 メダリオン・3 神官が持つ燭台の明かりは、足元と狭い両壁をわずかに照らすだけで、スゲー頼りねぇ。 頑丈そうな鉄の扉を抜けると、岩壁を切って作ったんかな、急な階段が続いてる。どこまで続いてんのか、階段の終わりが見えねぇ。 ただ、ちゃぷちゃぷと水音が、はるか下の方から聞こえてきて、ぞっとした。 もし、足を踏み外して前のめりに倒れたら? 下らねぇ考えがふと浮かんで、オレは小さく舌打ちをした。 そんなオレの様子に、神官は何も言わなかった。 ただ、ふふっと息を吐いた。 照れ隠しに睨みつけようとして……一瞬、息を呑む。陰影の加減のせいか、彼の笑顔が歪んで見えた。 燭台を掲げる神官の影も、牙を剥いて迫る野獣のように、ゆらゆらと怪しく揺らめいてる。 ……バカバカしい。 そう思うが、認めざるを得ねぇ。 オレはビビッてる。 心の底じゃ、多分、ちっとも受け入れられてねーんだ。ホントは納得できてねぇ。 何でオレが、何で今なのか? 誰がどうやって選んだのか? 自分の横に立つ、この穏やかな神官の胸倉掴みあげて、「ふざけんな」って怒鳴りてぇ。 けど、分かってる。 もしオレがそうして免れても、他の誰かが代わりになる。 だったら……仮にも王族が、国民を身代わりに生き延びようなんて真似、できねぇよな。 一番下まで降りてしまえば、逆にそこは明るかった。 いや、目が闇に慣れたんだろうか。 城の夜会場のような、ちょっとしたホールみてぇになっている。 天井はやっぱ、とんでもなく高い場所にあって、大きく開いたてっぺんから、満月が覗いてた。 暗くてイマイチよく分かんねーけど、海水が来てるみてーで、チャプチャプと水の気配がする。 「深いですから、近付かない方がいい」 ようやく神官が口をきいた。 輿に乗せられて以来、初めてだった。 「もう喋っていーの?」 凝った肩をコキコキ鳴らしながら訊くと、神官は深く礼をして「どうぞ」と言った。 海神を奉った祠は、スペースの割りに随分小ぢんまりしてた。 大体祠がある場所だって、神官が祠に明かりを灯して、初めて気付いたくらいだ。 足元には一面に砂砂利が敷かれ、ゴツゴツの岩場よりは、幾分マシな足触りだ。 「ここで14日間火絶ちをし、潔斎して海神様のご到着をお待ち下さい」 神官はそれだけ言うと、また深く礼をして立ち去った。 火絶ち、ってのは、料理に一切火を使わねぇって事だ。 何でかな? 海神の生餌だからか? 火さえ使わなきゃ、魚だろうが何だろうが食っていいそうだ。 食事は1日1回、出入り口の鉄の扉のとこに差し入れる、っつって言われた。けど、あの真っ暗な階段を上り下りすんのは、正直気が進まなかった。 しんと静まった洞。 波音さえ聞こえねぇ。ただ、海面の揺れる音だけが、ちゃぷちゃぷと響く。 耳慣れねぇその音に、苛々する。 海から「何か」来るかも知れねぇって、無意識に怖がってんのかな。 いや、実際に来るんだろうけど……生贄なんだし。 今まで、誰か免れたとか、そんな話は聞いたことがねぇ。 ホントの海神とかじゃなくて、ヌシみたいなものかも知んねーけどさ。そいつと戦って、殺したり出来れば、今後生贄なんて出さなくてすむんじゃねーんかな? そんな事、考える奴もいなかったんかな? 仮にも「神」を殺そうなんて、恐れ多いか? だから……剣の所持も許されなかったんかな? 話し合いもできねー奴なんかな? オレはできるだけ海面から離れ、奥の壁にもたれて座った。 眠れそうにねぇけど、寝るより他にする事がねぇ。 天井に空いた穴から、月の光が差し込んでる。 誰かあそこから、ロープでも垂らしてくれねぇかとか……過去、そうしようとした、生贄の親兄弟はいなかったんかな、とか……そんなことを考えながら、オレはいつしか眠っていた。 体がガクンと横にずれて、目が覚めた。 もうとっくに日が高ぇのか、洞の中が随分明るい。 改めて見ると、やっぱ結構な広さだって分かる。 人工的なのは海神の祠と、一面に敷かれた砂砂利くらいで、後は天然の黒い岩で覆われてた。 オレはため息をついて立ち上がった。 変な格好でうずくまってたからかな、背中と首が痛ぇ。 けどそれ以上に、腹が減ってた。 もう今日の分の食事は来てる頃かな? 階段はどこだ? キョロキョロと視線を巡らしてるうちに、ふと、誰かと目が合った。 「えっ!?」 慌てて二度見するが、気のせいだったのか、誰もいねぇ。しかも、そっちは真っ暗な海面だ。 けど、水面には波紋が見えてる。気のせいじゃねぇ、何かがいたんだ。 魚か、それとも別の「何か」か……? オレはぞっとして、水面から離れ、階段を探した。 叫ばなかっただけでも、良かったと思った。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |