小説 3
メダリオン・2
タカヤ
「おめでとうございます」
使者として現れた神官が、言った。
そして、何の説明もねぇまま、オレは生贄に選ばれた。
オレはそう驚かなかった。
勿論、心臓まですうっと冷えた気がしたし、心は絶望で真っ暗になった。
けど、やっぱりな、って思ったんだ。
予想はしてた。
この国では毎年、海神の祠に生贄を捧げることになってる。
そうしねぇと海が澱み、伝染病が流行って、もっと多くの命が失われることになる……らしい。
ホントかどうかなんて、誰も知らねぇ。
確かめるには、生贄を中止するしか方法はねぇし、そんな事やって見ようなんて、勇気のある人間はいねぇ。
けど、それでも毎年、若者を生贄にとられてたんじゃ、国民の不満もでかくなるよな。
ここらで、王族の血も入れようってことだろう。
王族ったってオレは庶子だし、母親は10年も前に他界した。父王には10人の子がいて、王子はオレの他に5人もいる。
オレが生贄になるのに、反対する家族なんていねぇもんな。
「殿下はただ今より神籍に入られ、生き神として奉じられる事におなりです」
神官に、重々しく言われてギョッとした。
「え、ちょっと待てよ。神籍って?」
つまり、手続き上、死人にされたって事か?
そう訊くと、神官は重々しく首を振った。
「死人ではございません。生き神になられたのです」
そりゃ、どう違うんだっつーの。
別に逃げやしねーってのに、オレは数人の衛兵に囲まれ、謁見の間に連れて行かれた。
親父や義母や兄弟たちに、最後の挨拶をしに行った訳なんだけど、特に誰からも何も言われなかった。
涙の別れ、とか期待してた訳じゃねーんだけどさ、ここまで無関心とは思わなかった。
いや、まあ、こんなもんだよな。分かってたけどさ。
はは、と小さく笑ってたら、神官が言った。
「国民は皆、殿下に感謝しております」
そりゃそうだろう。
……そう思ったけど、言わなかった。
宝石も、剣も、何も持って行くことはできねぇって言われた。
けど、首に掛けてた質素な首飾りは、外すようにとは言われなかった。
見逃して貰えたんかな? それとも、咎める程の価値もねーってことかな?
今頃は家族みんなで、オレの「遺品」を分けてんのかも知んねーな。
シャツの上から、首飾りをそっと触る。
魚の骨と、鮫の牙と小さな白い貝殻を、皮ひもで繋いだだけの物だ。
王子には不似合いなガラクタだけど、これだって元は、大玉の真珠や血赤珊瑚、極上のボタンが作れそうな蝶貝や巻貝なんかが、じゃらじゃら付いてたんだ。
けどそれは、義母や義姉に、あっという間に奪われた。
「返して、返して」
っつって取り縋ったけど、聞き入れられず、突き飛ばされたのを覚えてる。
結局手元に戻ってきた時には、骨とか貝とかその破片とか。紐さえ付いてねぇ、バラバラのゴミみてぇな代物になってた。
オレはそれを、泣きながら修繕した。
10年も前のことだ。
ガキだったんだなって、つくづく思う。今のオレなら、諦めて捨ててんだろう。
けど、オレは未だにこれを外せねぇ。
何でかな?
誰から貰ったのかも、よく覚えてねーんだけど。
今まで、生贄が運ばれて行く様子を見たことは無かった。
家族の誰も見なかったと思うし、見ろとも言われなかったからな。
だから、今までの他の奴らの行進が、どんなだったかをオレは知らねぇ。
けど、オレの場合はすげー静かな行進だった。
輿に乗せられて、城下町から祠までゆっくりと運ばれて行く。
歓声も拍手もねぇ、静かな見送り。
オレは白装束で豪華な白い輿に乗り、顔も姿も民衆にさらして、黙って周りを見回した。
通り道では国民たちが、静かに頭を下げて見送ってくれた。
泣いてる奴もいた。
何でだろうな。親兄弟は、まるで無関心だったのにな。
そうして祠の前に着くまで……神官も、輿を運ぶ下男も、周りを囲む護衛兵も、誰も一言も喋らなかった。
(続く)
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