[携帯モード] [URL送信]

小説 3
仇花・2
 それからオレは、時間と金の許す限り、桐青屋に通い詰めた。
 榛名の紹介で訪れたオレは、一応、高瀬太夫の客となるらしい。つまり、花魁クラスの高額の花代を、毎回桐青屋に払わされた。
 それでもまだまだ新顔のオレは、太夫の顔なんて拝めるハズもねぇ。オレの待つ座敷には、名代にと言って、新造を寄越されるのが常だった。その新造とは……三橋だ。

 勿論、これは狙ってのことだ。
 水揚げ前の振袖新造は、格下の留袖なんかと違って、客をとらねぇ。だから三橋を座敷に呼ぶには、高い金を払って高瀬太夫を指名し、太夫に振られる形で三橋を寄越して貰わなきゃなんねぇんだ。
 何とも面倒臭ぇが、これが遊郭のしきたりってんだから仕方ねぇ。それにこうして、高額の金を払うことで、オレの顔も名も、桐青屋には知られて来た。……オレが三橋狙いである事も。


「こんばんは。いつもありがとうございんす」
 三橋が、挨拶をして座敷に入って来た。
 こいつは人見知りするようで、初めの頃は、あまり話も弾まなかった。けど最近ではさすがに慣れたのか、よく笑い、喋るようになっていた。
 毎日練習したと言う、筝を弾いてもらう事もあった。碁や将棋をさして遊ぶこともあった。泉から貰ったのに、遊び方が分からないと言うチェスの、ルールを教えてやった事もあった。
 甘い菓子を土産に持って行くと、スゲー喜んだ。饅頭や焼き菓子、揚げ菓子なんかも喜んだが、一番好きなのは、飴玉のようだった。
「宝石みたいでありんすなぁ」
 ガラス瓶に入れて持たせてやると、無邪気な顔で笑ったりもした。

「もっと、外国のお話を聞かせておくんなんし」
 三橋は、オレの仕事の話を聞きたがった。特に、よその国の話などは、目を輝かせて聞いている。
 けど逆に、自分の事はほとんど話さねぇ。どんな花が好きとか、楽器より歌が得意とか……そういう他愛もねぇ事は喋んのに、里の話を訊くと、決まってこう言った。

「忘れてしまいんした」

 三橋がここに売られて来たのは、十やそこらの頃だったと言う。禿から、座敷に出ないで芸事を身に付ける「引っ込み」を経て、振袖新造になったのは今年の年明けだって話だ。
 それがホントなら、「忘れた」なんてのは言い訳だろう。ほんの五、六年前の事を、何一つ覚えてねぇハズねーもんな。
 けど、そう言って微笑む三橋が、何とも儚げで美しくて、言い訳を咎める気にはなれなかった。


 ある日、ふと訊いてみた。
「泉とはどういう知り合いなんだ?」
「孝介様は………」
 三橋は口ごもり、視線を泳がせた。
「孝介様は、お客様でありんす。とてもお優しゅうございんす」
 直感的に、嘘だと思った。三橋は何かを隠してる。やっぱり泉には、三橋に執着するだけの理由があるんだ。………その魅力だけじゃなく。
 そして三橋の方も、泉のことを慕ってる。
 そう思うと、ムカついた。

「オレのことはどう思ってる?」
 三橋は上目遣いでオレを見つめ、ふひっと笑った。
「隆也様も、お優しゅうございんす。お座敷に呼んで戴くの、楽しみにしておりんす」
 これは本音か。それとも手練手管ってやつか。
 どっちみち、男娼の囁く恋なんか、本気にしちゃいねーけど。
「じゃあ、オレと泉と、どっちが優しいんだ?」
 オレは三橋の手首を掴み、きれいな顔を覗き込んだ。
「どっちと寝たい?」
 三橋はうろたえ、顔を背けて逃げようとした。けど、掴んだ手首は、離してやんねー。
 三橋が腰を浮かす。その尻には、まだ張り形が埋まってる。オレは元希がやったように、尻の真ん中を下からぐいっと持ち上げた。
「んあっ」
 首を仰け反らせて、一声喘ぐ三橋。
「どっちと寝たいんだ?」
「や、やめ………」
 拒否の言葉を、唇で塞ぐ。唇は柔らかく、唾液は甘く、目の前でわななく睫毛は、扇のように長かった。



 三橋の水揚げまで、一ヶ月を切っていた。
 オレは桐青屋の主人の目の前に札束を積んで、ずっと頼み込んでいた。泉の倍額払うから、三橋の水揚げを譲ってくれと。

 主人から承諾の返事が貰えたのは、それから間も無くのことだった。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!