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小説 3
仇花・1 (アンケート2位・遊郭パラレル・アベミハイズ)
※時代や習慣など、諸々捏造です。ご了承下さい。
※管理人は素敵サイト「165センチ」様のシベリアシリーズのファンです。サイト主様に恥ずかしながら女郎蜘蛛表現の使用許可を頂いております。高瀬太夫は南様に捧げさせて戴きます。



 もぞ。
 隣に座る新造が、さっきから何度も腰を浮かす。オレはそれが気になって気になって仕方ねぇ。
 都でも名の通った花魁、高瀬太夫の座敷に同伴させてもらいながら、横でお酌する振袖新造ばかり気にしていたんじゃあ、太夫も気を悪くすんじゃねぇかと思う。けど………。
 もぞ。
 新造が、また腰を浮かした。浮かすっつーか、尻をずらすっつーか。とにかくこの新造は、さっきから尻の座りが悪かった。
 と、高瀬太夫がくすりと笑った。

「お兄さん、その新造が気に入りなんしたか?」

「いや、気に入るっつーか……」
 気になる、っつーか。そう口ごもったオレを、一つ年上の古い友が笑い飛ばした。
「何だ、隆也。お前、そんな可愛いのが好みだったんか? オレはてっきり、高瀬みてぇな女郎蜘蛛系が好きなんだと思ってたよ。お前、年下の女とか苦手そうじゃん」
「女郎蜘蛛てな、随分な言い様でありんすなぁ」
 高瀬太夫が、隣の上客の手の甲をきゅっとつねった。


 ここ、桐青屋の上客である榛名元希は、三代続く軍人の名家の御曹司だ。先だっての戦争では自分自身も功を上げ、若くして少佐にまで成り上がった。
 一方のオレは、軍人にくっついて甘い蜜を吸う、武器商人だ。榛名家の力添えもあり、先の戦争では、随分儲けさせて貰った。
 もともとの本業は金貸しだったが、今は軍御用達の貿易商。戦死した親父の代わりに家業を継いで、そろそろ一年。頑張った褒美だと言って、榛名が連れて来てくれたのが、この花街だった。
 この花街で花を売るのは、女だけじゃない。女のように着飾った男も、同じように花を売る。
 目の前で、徒花のように咲き誇る高瀬太夫も、信じられねぇ事に男であるらしい。喋れば確かに男の声だが、黙って座ってりゃ、並の女より美しい。

 そしてこの、振袖を着た尻の座りの悪い新造も……少年なんだそうだ。
「三橋、気にし過ぎんのは、よしなんし」
 高瀬太夫が、新造をやんわりたしなめた。
「あい、兄さま。申し訳ありんせん」
 三橋と呼ばれた新造は、頬を赤らめ、首をすくめた。外見だけじゃなく、声まで女みてーだった。太夫が、オレを見て謝った。
「お兄さん、あい済みません。この子、仕込み中なんでありんす」
「へぇ、仕込み中か」
 元希がにやりと笑って、三橋の尻に手をやった。すると三橋は、びくりと体を震わせ、高い声で啼いた。

「あ、んっ」

 ドキン、とする声だった。特に下半身に、ずん、と来る。
「お、いい声。水揚げの相手は決まってんのか?」
 イタズラした右手を、太夫にぴしゃんと叩かれながら、元希が訊いた。
「あい、泉屋の御曹司が是非に、と」


 水揚げとは、初めて客を取ることだ。
 桐青屋では、水揚げの近い新造の尻に、少し細めの張り形を噛ませ、慣らしの仕込みをするらしい。つまり三橋の尻には今……張り形が埋め込まれてんのか。成程、それで尻の座りが悪く、もぞもぞしてばっかだったんだな。
 訳が分かれば、何となく好ましく思えてくるから不思議なもんだ。
 オレは微笑んで、三橋を見た。
 今は情けなく眉が下がっちゃいるが、大きなつり目が印象的な美少年だ。何より、色が白い。
 柔らかそうな薄茶色の髪を高く結い上げ、華やかな蒔絵の櫛や簪が挿してある。高瀬太夫のような見事な黒髪には、鼈甲色の簪が映えるんだろうが、こいつのこの髪には、蒔絵の方がよく似合う。


「見事な簪だな。これも泉の御曹司からか?」
 元希の言葉に、三橋が「あい」とうなずいて、頬を染めた。
「孝介様は、お優しいお方でございんす」
 三橋の初々しい様子に、何でかちょっとムカっとする。
 客に酌するときは、客のことを考えろよな。
 オレは黙って、空になった盃を、三橋に差し出した。三橋はオレを上目遣いで見上げ、ふひっと笑ってお酌した。それからまた、もぞ、と一度尻を揺らした。



 泉孝介、という名には聞き覚えがあった。確か、中学の同窓にいた気がする。うちとは違って、真っ当な貿易商の家の次男坊だ。
 しかし、次男坊風情が、高級新造の水揚げなんかに関われるハズねぇし……もしかしたら戦争で、兄を失ったのかも知れなかった。

 オレはその翌日、泉屋を訪ね、泉孝介に面会を申し入れた。
 泉はオレの顔を見て、端正な顔を歪めた。
「何の用だ、この冷血商人が!」
 さすがのオレも、むっとした。再会して開口一番、冷血商人はねぇだろう。そりゃ、色々あくどい事はしてきたけどさ。でも生きる為、家を守る為だ。仕方ねーじゃねーか。
 ムカついたので、わざと怒らせるような事を言ってやる。
「昨日、桐青屋に行って来た。三橋っつったっけ、仕込み中の振袖新造。いい声で啼くじゃねーか」
 すると、泉の顔色が変わった。
「てめぇ、廉に何をした!」
「別に、何も。酌をして貰っただけ」
 嘘じゃねーけど、思わせ振りに、にやっと笑う。すると泉は、オレの胸倉を掴んで言った。


「廉に手ぇ出すな! 廉はおれのだ。あいつは、お前みたいな人間が、触れていい奴じゃねーんだよ!」


 こりゃまた、随分なご執心じゃねーか。
 面白ぇ。
 男娼ごときにどんな価値があんのか、確かめさせて貰おうか。

 オレは、突き飛ばされて床に転がりながら、泉の顔を見上げ、悪い思いつきに唇を歪めた。

(続く)

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あきゅろす。
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