拍手Log 6 三橋君、紹介される 金曜日にバイトを休ませてもらったので、次の土曜日は、昼からヘルプに入ることになった。 「野球部の練習や試合はなかったの?」 センセーが気にしてくれたけど、オレは首を振った。 「野球部、っていうか。サークルみたいなものですから。医歯薬連合リーグっていうのは、あるんです、けど。あ、秋、なので」 「へえ。じゃあほら、テレビでやってた春季リーグとかには出たりしないの?」 「はい、全然、です」 オレは両手を振って、否定した。 三星薬科大学の野球部は、全日本の大学野球連盟のどこにも加盟してない。だからちゃんとした公式戦には参加できない。 勿論、入学前からそれは分かってた。 理事長であるじいちゃんに頼めば、もしかしたら準硬式連盟のどこかに、入れて貰えるのかも知れない。けど、オレは頼むつもりはなかった。第一、連盟に参加したって……公式試合を戦えるメンバーじゃない、し。 「明日は、昼から練習試合なんです、よー」 ふひ、っと笑ったところで、女性のお客さんから声を掛けられた。 「すみませーん。この上の棚の化粧水、見せて下さい」 「は、はい。ありがとうございます」 オレはレジ奥から踏み台を持ち出して、お客さんの側に行った。 オレの身長は175cmくらいで、平均よりはちょっと高い。けど、こうして踏み台を使うたびに、高い方じゃないんだって思い知らされる。 いくら小手先が器用でも、アスリートとしては………。 だから、オレは………。 「あっ!」 ぼんやりしてたので、手が滑って、掴んだ商品を落としてしまった。 あ、割れる! 受け止めようと差し出した手が、空を切る。バランスを崩して、軸足がよろめく。 あ、落ちる! 衝撃を覚悟した瞬間、ガシッ、と腕を掴まれた。 「アブネー」 聞き覚えのある声。見ればその人は、片手でオレを支え、もう片方の手で商品を受け止めている。 「な、ナイキャ」 思わず口に出すと、ゴチンと頭を叩かれた。 「ナイキャじゃねぇ! お前、気ぃつけろ、三橋ー!」 花井君が、ちょっと怖い顔で怒った。でも、心配してくれて怒ってるの、分かってるから、怖くない。 「う、ご、ごめんなさい」 素直に謝って、踏み台から降りる。さっきのお客さんは驚いて固まってて、「お怪我はないです、か?」と尋ねると、ようやく「びっくりしたー」と笑った。 「またお戻しになる時は、おっしゃって下、さい」 お客さんに化粧水を渡してそう言うと、「いいわ、買うわ」と言ってくれた。 お会計を済ませてる間、花井君はさっきの場所に立ったまま、店の外を眺めていた。何してるのかな、と思ったら、遠くに向かって手を振ってる。 誰か友達でも来るのかな? ちょうど何人かお客さんが重なったので、花井君から目を逸らして、接客に集中する。 「いらっしゃいませ。ありがとうございました」 「ありがとうございました、お大事に」 ようやく客足が途絶えて、花井君の方を見ると、なんか数十人くらいの人だかりができててギョッとする。 花井君がオレの方を見て、誰かに何か話してる。ってことは、これ皆、花井君の知り合いなのかな? 高校の友達? ……にしては、年上っぽい人もいるけど? ぼんやりそっちの方を見てると、コトン、とカウンターにビンが置かれた。 「いらっしゃいませ」 反射的にあいさつして、息が止まった。阿部さんが、ラフな格好で立っていた。 「土曜日も入ってんの?」 「い、え、今日はトクベツ、です!」 声が上擦って、恥ずかしい。だって会えると思わなかった。いつものスーツ姿と違って、Tシャツにジーンズな阿部さんは、すごく印象が変わっててドキドキする。 選んだ商品も、いつもとは違って、今日は胃薬のドリンクだった。この間の、栄口さんとの会話を思い出す。 「あ、の。これから、飲み会、ですか?」 「おー」 阿部さんは苦い胃薬を一息にのみ、「苦ぇ」と顔をしかめた。そんな表情も格好良くて、どうしようって思った。 すると、花井君が店の中に入って来た。そして。 「先輩、紹介しますよ。こいつ、うちのエースの三橋廉です」 と……阿部さんに向かって、そう言った。 「え?」 オレと阿部さんは、互いに顔を見合わせた。 (続く) [*前へ][次へ#] |