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カフェ写真
お盆を含んだ真夏の連休は、とんでもなく忙しい。場合によっては九連休って人もいるみたいで、ゴールデンウィーク並みの忙しさだ。
金曜も土曜も忙しい。勿論日曜も朝から忙しくて、休憩に入るタイミングも分かんない。
幸いうちのカフェは「無理しない」のが決まりだから、忙しくても混んでても、オレらバイトが必要以上に無理することはないんだけど、それでもやっぱ忙しいと、ホッとできないのは確かだった。
こんな時はオーナーの、「客なんか待たせときゃいーんだよ」っていう、いつもの格言が有難い。
「少々待たせたって客は待つし、待たねーヤツは帰る」
って。
いやいや、帰られちゃ困るでしょ、とは思ったけど、でも大声でクレーム付けられるよりはいいのかも?
どんなに怒鳴られても急かされても、うちのコーヒーは早く淹れられない、し。パフェだって、作り置きしてる訳じゃない。
1番早くできるのは、作り置きの冷やしてあるアイスティーとかになるんだけど、だからって、順番飛ばして作ることは滅多にないし。せっかくのカフェなんだから、ゆったり過ごして欲しいよね。
こんなに人が多いのは、連日の真夏日のせいなんだろうか?
うちのカフェは屋根が大きくて日差しもカットするし、涼しげに見えるから?
「すみませーん、注文いいですかー?」
お客さんに呼ばれて、「少々お待ちくださーい」と返事しつつ、テキパキと食器を片付けて厨房の方に持って行く。
厨房もまた、戦争だ。
普段は作り置きしないアイスコーヒーも、今はまとめて数杯分ずつ淹れてるみたい。
作業台の一角にはパフェグラスが並んでて、先にシリアルも入ってる。
食洗機の回転も追いつかないのか、洗い場はどっちゃりと食器が積まれてて、うわあ、と思った。
黙ってハーブティを淹れてるオーナーを横目に見つつ、できあがったばかりのアイスとパフェをトレイに載せて持って行く。
ついでに、さっきのお客さんのとこに寄って、オーダー取るのも忘れない。
一方のお客さんの方はっていうと、店が混んでてもあんま関係ないみたい。
「うわー、パフェ可愛い〜」
そんな歓声と共に、パシャッと写真撮ってたりもしてて、その平和さが羨ましい。
写真を撮ってネットにアップする楽しさは、オレだってちょっとは分かるつもりだ。パフェが拡散されるのか、カフェが拡散されるのかは分かんないけど、それだけ魅力的ってことでもある。
こんだけ暑いと、カフェラテのオーダーは少ないけど、可愛いラテアートの写真だって、撮って保存したい気持ち、あるよねぇ。
トレイに載せたままの3種のケーキだって、写真撮りたいって言われることもある。
このケーキ、うちのオリジナルって訳じゃないから、写真撮っても仕方ないと思うんだけど。でも、そういうのはあんま関係ないんだろう。
「本日のケーキは、ホワイトモンブランとブドウのムース、チョコミントのシフォンケーキになります」
トレイに載せたケーキを差し出すと、再び「可愛い〜」と上がる歓声。ケータイを向けられても、今更だから驚かない。
けど――。
「すみませーん、写真いいですかぁ?」
明るい声で、オーナーに声を掛けてるの見たときは、さすがにちょっと驚いた。
オーナーの機嫌が最低に悪いの、気付かないのかな? 気付かないんだろうな。
「は?」
って振り向く目線が、横でドン引くくらい冷たい。お客さんに向ける目線も冷たい。
オーナーもね、カフェの様子やラテアート、パフェの写真を撮ることは黙認してるし、どうでもいいみたいな態度なんだよ。
友達同士でカフェに来てるお客さんたちの、テーブルを囲んだ集合写真を撮ってあげることだってある。けど、オーナー自身の写真やバリスタの三橋さんの写真は、絶対撮るのを許さない。
オーナーの写真くらいよさそうなものだけど、それを許すと、三橋さんの写真も拒否できなくなるから、イヤなんだって。
「申し訳ありませんが、スタッフの写真はお断りしております」
抑揚のない声でキッパリと断り、真顔で会釈してテーブルを離れるオーナー。
隣のテーブルを片付けつつドン引いてると、いきなり横からぐいっと襟首を掴まれた。
「うわっ、ちょっ……」
慌てるオレの手から、食器を乗せようとしたトレイがさっと奪われて、代わりに隣のテーブルの前に差し出される。
何かと思ったら、ポンと肩を叩かれた。
「彼の写真でよければ、どうぞ」
そんな言葉を残して、オレの代わりにテーブルを手早く片付け、厨房へと戻ってくオーナー。
「はあっ?」
オレのビックリ声に応えはない。
えっ、今オーナー、「スタッフの写真はお断り」って言ったよね? スタッフって、バイトのオレも入るよね? どういうこと?
けど、問いただしたいオーナーの姿はもうなくて、代わりにお客さんの視線がオレに向けられる。
オレは別に、写真撮られるのに抵抗はないけど。でもこんな風に、身代わりにされるとちょっと気まずい。
「えーと……写真、撮りますか?」
ためらいながら言ったっていうのに、目の前で顔を見合わせられると更に気まずい。
「いえ、すみません」
って、神妙に謝られると、もっと気まずかった。オーナー、勘弁してください。
「ごゆっくりどうぞ」
にへっと笑みを向け、さくっとそのテーブルを離れると、ちょうどレジの前にお客さんが立って、ホッとした。
「お会計、ただいま向かいまーす」
黙って向かってもいいのに声を上げたのは、照れ隠しの意味もある。篠岡ならこんな時、「オーナー、レジを!」って声を掛けちゃうんだろうか。
そのオーナーは、厨房で何をやってるんだろう?
「お会計、850円になります」
レジを操作し、伝票の処理をしてお釣りを渡し、礼をする。
「ありがとうございましたー」
そう言って見送ったお客さんの向こうに、また新しく別のお客さんが来るのが見えて、まったく息つく暇もない。
こんな時くらい、バイト、もっと増やせばいいのになぁと思った。
(オーナー、顔怖いですよ〜)
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