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コーヒーブレイク
 長かった梅雨が明け、よく晴れた日が続くようになった。
 気温もすごく上がってるみたいで、エアコンをガンガン利かせてるハズの厨房も暑い。店内の客席も、きっと暑いんだろう。
 夏はやっぱり風が通るのが気持ちイイのか、オープン席の方が先に埋まるみたい。うちは屋根が大きいから日よけになるし、見た目も涼しそうでいいの、かも。
 オープン席で風を感じながら、アイスコーヒーを飲むのって、いいと思う。美味しいドリンクを楽しみながら、ゆったり過ごして貰いたい。
 けど、フロアはすっごく忙しいみたいで、オーナーのタカはキレ気味だ。
「オーダー入るぞ、アイスコーヒー2つ、アイスクリーム1つ」
 いつものようにオーダーを告げる声もちょっととがってて、ピリピリしてるの分かる。
 確かに忙しい、よね。作業台の上にはプレートがいっぱい並んでて、オレだってついついあわあわしてしまう。
 けど、そんな時こそ、深呼吸、だ。お客さんは待ってくれるから、大丈夫。それはタカが教えてくれたことで、心の中で繰り返すたび、落ち着いた気持ちで作業できる。

「アイスコーヒー、2つ、はい。アイスクリーム、はい」
 新しくプレートを追加して並べながら、タカに向けてふひっと微笑む。
「い、忙しい、のは大変だ、けど、しょっちゅう顔見れる、のは、嬉しい、な」
 本音をぼそっと囁いて、パフェを作るべくパフェグラスを手に取ると、ぐいっと横から肩を抱かれて、「オレも」って耳元にキスされた。
 ちゅっ、と一瞬だけ触れて、離れてく柔らかなタカの唇。それを名残惜しく思いつつ、「もうっ」って照れながら作業を続ける。
 グラスの底に敷くのは、シリアル。バニラアイス。バナナスライスとイチゴスライス。生クリーム。
「アイスハーブティ、作っとくぞ」
 タカの声に「うん」とうなずいて、更にパフェを盛り付ける。タカも冷蔵庫からハーブティの作り置きを出して、氷の入ったグラスに注いでた。
 紅茶とハーブティは、コーヒー程美味く淹れる自信がない、から、うちではティーバックを使ってる。アイスティは、朝作り置きしておくと便利だ。
 アイスコーヒーは作り置きしないけど、1度に数人分淹れることはある。

「パフェ、持ってくぞー」
 ちょっとだけ機嫌を直したっぽい、タカの声に「んー」と応じる。顔を上げると、もうその姿はなかったけど、またすぐに別のオーダーを持って、顔を出すことになるだろう。
 暇な時も色々雑談できるけど、忙しい時だって、こんな風にタカの顔を見れるのは嬉しい。
 「無理しない」のが決まりだから、忙しくたって無理しない。
 気持ちを楽にできるのは、ここがオレたち2人の店だから、かも。だって、誰に気兼ねすることもないし、上司に叱られることもない。その分責任は大きいけど、自由、だ。

 作業台の上には、まだまだプラのプレートが並んでてくらっとするけど、1つ1つ作業を埋めていこう。
 この間、巣山君のとこで買ったばかりの「夏ブレンド」も、よく出てる。
 ホットで頼んでるのは、屋内席のお客さんかな? そんなことを思いつつ、布フィルターをセットして、静かにお湯を注ぎ入れる。
 湯気と共にふわっと立つ、コーヒーの爽やかな匂い。うちはあんま厨房で火を使わないから、ダラダラ汗が流れることはないけど、やっぱり暑い。
 カップにコーヒーを注ぎ終わり、ソーサーの上にセットすると、バイトの篠岡さんがやって来て、「夏ブレンド、ホットですね」って訊いて来た。
「サンドウィッチ、夏ブレホット、持って行きまーす」
「うん」
 オレの返事を聞いてるかどうか、分かんない。バイトのみんなも、いつもより忙しそう。
 慌ただしいのは、水谷君がいないから、かも? 今、試験なんだっけ?

 きっと水谷君がいたら、彼の緩い雰囲気に合わせて、みんなの空気もちょっと緩まるんじゃないかと思う。
 タカは水谷君に結構厳しいし、パシリなんて言ってるけど、実は頼りにしてるの知ってる。
「え、っと。次、は」
 作り終えたモノのプレートをしまい、残りのプレートに目を落とす。
 パフェ。ケーキセットでアイスコーヒー。これは、女性のお客さん、かな?
 パフェグラスを用意して、グラスにシリアルを敷きつつ、アイスコーヒーの準備もする。
 アイスコーヒーのプレートの数を数えると、さっきのと合わせて3人分あった。じゃあ、4人分1度に淹れておこう。
 コーヒーポットに氷をぎっしり敷き詰めて、急速に冷やすのが美味しいアイスコーヒーの淹れ方、だ。氷で薄まるから、コーヒーは濃いめ。
 巣山コーヒーロースターの特製アイスコーヒーの豆は、基本の強深煎りで、濃厚で香り高い。
 パキパキと氷が融ける音、深煎りの香ばしい匂い。美味しく飲んで欲しいなぁと思いつつ、慎重にかき混ぜながらじっくりと抽出する。

 コーヒーが冷えるのを見届けながら、パフェの続き、だ。バニラアイス、バナナとイチゴ、生クリーム、バニラアイス……。最後にオレンジとリンゴとポッキーを飾る頃、タカが再び顔を出した。
「オーダー入るぞ」
「うん」
 返事して振り向くと、大好きな笑みが返る。
「夏ブレンド、アイス。それとアイスクリームな」
「夏ブレンドアイス、はい。アイスクリーム、はい」
 プレートを復唱しながら並べ、「アイス、多いねー」と話を向ける。
「暑っちーかんな」
「そんな、に?」
「おー」
 タカの声を聞きながら、冷えたコーヒーを氷の入ったグラスに注ぐ。オーダーの3人分、そして残りの1杯はオレたちの分。

「半分、飲む?」
 先にぐびっと味見して、氷無しのグラスをタカに差し出すと、「先にこっち」って首の後ろに腕を回され、ちゅっと唇を奪われた。
 熱い舌が一瞬挿し込まれ、ぺろりと舌をくすぐって去って行く。
 それを名残惜しいって思う位には、オレも結構疲れてる、かも。そのタカはっていうと、残りのアイスコーヒーをぐいっとあおって、全部飲み干してしまってた。
 半分って言ったのに。全部飲み干すの、ヒドイ。
 けど、表に出っ放しのタカは、大変だろうから、仕方ない。
 バイトのみんなの分も、アイスコーヒー作ろうか、な? それとも、アイスティがいい?
「持ってくぞー」
 タカの声に顔を上げると、そこにはもう姿がなくて、ちょっと寂しいけどふひっと笑える。
 タカの声からはピリピリが抜けてて、肩の力も抜けてるといいなと思った。

   (ごちそうさん!)

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あきゅろす。
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