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夏のコーヒー
 巣山コーヒーロースターの、今季おススメの一品は「夏限定ブレンド」らしい。南国フルーツを意識した香りと酸味、ほのかな苦み、その代わりコクは控えめにしてあるとか。
「どーかな、アイスでもイケると思うんだけど」
 ペーパーフィルターで2人分淹れてくれたコーヒーを、レンと並んでゆっくりと味見する。
 確かにフルーティ、確かに夏っぽい。「7月のコーヒー」とはまた違う感じになってるし、目先を変えるって点では悪くねぇ。まあでも、仕入れをどうすんのかはレン次第だ。
 そのレンはっつーと、真剣な顔で紙コップを両手で持ち、こくりこくりとコーヒーを味わってる。
「んっ、美味しい、ねー」
「そーだろ。夏って感じするだろ?」
 レンの称賛に、得意げににやっと笑う巣山。言いがかりだって分かってるけど、レンと見つめ合ってるようなのが単純にムカつく。
「アイスコーヒーも、いい、かも」
「じゃあ、帰って淹れてみよーぜ」
 レンの肩を抱き、耳元で囁くように誘うと、レンは「うん」ってはにかんで、可愛い笑顔を見せてくれた。

 ちっ、と巣山が舌打ちしてるけど、コイツの評価なんかどうでもいーし、仕入れが済んだら用はねぇ。残念なのは、肝心の仕入れがまだ済んでねぇことだ。
 その巣山はっつーと、今日もまた色味のいいエプロン着けてて、相変わらずだなぁとちょっと呆れた。
「アイスコーヒーっていえばさ、お前んトコはコールドブリューってやんねーの?」
 仕入れ伝票に書き込みながらの巣山の言葉に、「やらねーなー」と即行で答える。
 コールドブリューっつーのは、つまり水出しコーヒーのことだ。
 水で時間を掛けて抽出するから苦みや雑味がなくて、まろやかになる……とか。最近あっちこっちで見かけて、流行ってるらしいのも知ってる。
 けど、水出しコーヒーっつーのは前からあった訳だし、英語で格好よく言い換えてるだけで、そんな目新しいモンじゃねぇ。
 うちで扱わねぇ理由は、単に面倒なのと、雑菌の繁殖が怖ぇからだ。
 淹れたらすぐに飲まなきゃなんねぇ、つまり長時間保存ができねぇ。作り置きができねぇ。
 1日に幾つも注文が入る店なら、次々作っても大丈夫かも知んねーけど、うちの場合はそうじゃねぇ。水出しとはいえ、せっかくレンが淹れたコーヒーを廃棄すんのもイヤだし。だったら最初から手ぇ出さねぇ方がよかった。

「まあ、面倒そうだもんな」
 何もかも察してるように言われて、「まーな」とうなずく。
 水出し自体は別に、大して技術もいらねーし、専用の器具さえあればバイトでもできるような作業だ。
 でもその専用の抽出器を揃えんのが面倒だし、クリンネスも面倒。1杯作るのに8時間とか、そんな掛かるって思うと、それ自体面倒だろ。
 水出しのが飲みてぇなら、家で飲め。オレの考えとしてはそれが結論で、どんなに「流行ってる」って言われても、当分覆ることはなさそうだった。
 ただ、レンが家で淹れてくれるっつーなら、別だ。
「たま、には、飲んでみる?」
 こてんと首をかしげて訊かれ、「まあいーけど」と即行でうなずく。
「店では出せねーけど、家で飲む分にはいーよな」
「いい、ねー」
 オレの言葉に、嬉しそうににへっと笑うレンが可愛い。
 抽出温度の管理も、マドラーで混ぜる技術も、何もいらねぇっていわれる水出しだけど、きっとレンが抽出するなら、すげー美味い1杯になるだろう。

 伝票を書き上げた巣山が、カウンターの上にそっと透明なプラのポットを持ち出す。
「そんなお2人におススメなのが、こちら」
 って。TV通販みてーな口調で紹介するのは、当の水出し専用ポットだ。
 あんまりタイミングよく出してくんのが、図ってたみてーでちょっと笑える。もしかして、ポットを売りたくてコールドブリューの話をしたんだろうか?
「買い、ます」
 すぐに飛びつくレンが、単純で可愛い。
「仕方ねーな」
 財布から千円札を取り出しながら、ポットを眺めてるレンを愛でる。
 使い方の説明を読む必要は、多分ねぇだろう。
 水出しにかかる時間は、確か8時間から15時間。今から家に帰ってすぐ作ったとしても、飲めるのはかなり先で――レン自身を味わう方が、間違いなく先だなと思った。

   (コーヒー、美味しい、ねっ)

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あきゅろす。
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