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阿部の悩み
 最近、うちの箱入りのバリスタを表に引っ張り出そうって連中が多くて困る。
 「どんな人がこんな美味しいコーヒーを淹れてるのか」って、顔が見たいとか、話しが聞きたいとか、握手したい、とか。バリスタはアイドルじゃねーっつの。迷惑!
 この間も、「どうしてカウンターに出ないんですか?」って訊いて来る、図々しい女の客がいた。
 なんでカウンターでパフォーマンスしねーかって? 見せたくねーからに決まってんだろ! レンはオレのだから! 目の前でコーヒー淹れるのは、オレの前だけに決まってんの! オレだけの特権だ!
 そりゃあ、バリスタのコンテストの項目の中には、客とのコミュニケーションがどうとかのもあった。審査員とのトークもあった。真っ赤になりつつ、一生懸命話すレンはそりゃあ可愛かったけど、それとこれとは別だ。
 バリスタが接客しなきゃいけねーなんて、誰が決めた? っつーか、そういうのを取っ払うための起業でもあるっつの。
 レンには、美味いコーヒーを淹れることだけ考えてて欲しい。
 うぜぇ客とかメンドクサイ客とか、そういう対応は全部任せて、静かな厨房で作業に専念して欲しい。
 まあ、本音を言うと、誰にも見せたくねぇっつーのがあるんだけど、それはわざわざ口に出さなくてもいいことだ。
 うちにはうちのやり方があるし、オレにはオレの考えがある。

 図々しい客っつーと、「コーヒーの淹れ方を教わりたい」っつーヤツもいた。
「バリスタさんに直接聞きたいんですぅ」
 って。上目遣いすんな、気持ちワリー。そんな目でレンに媚びようってか? 却下に決まってんだろ! オレの答えは1つだ。講習会に行け。以上。
 世の中には、前に出たがるバリスタも結構いるし。そういうヤツなら、進んで教えてくれるだろう。
 ○○店のイケメン人気バリスタ○○さんからお話を聞きました……とか、雑誌でもTVでも見るだろう。ああいうヤツに訊け。そんで、好きなだけ媚びろ。
 そういや、雑誌の取材か何かの申し込みも1度あったっけ。オレとレンと、ペアで写真撮りてぇっつーのはまあ許せるけど、レンの写真を雑誌なんかに掲載すんのは許せねぇ。
 うちはそういうんで集客してねーから。純粋にコーヒーの味だけで来店して欲しい。
 「無理しない」のが決まりのカフェだから、集客だって無理しねぇ。
 そりゃあある程度黒字になんなきゃ暮らしていけねーし困るけど、ガツガツ稼ごうとは思ってねーし。客に媚びを売る必要もねぇ。
 バリスタとしてのレンの腕が認められんのは誇らしいし嬉しいけど、それを前面に出してまで、儲けようとか思ってなかった。

 バリスタ講習会といえば、商工会からの打診も前にあった気がする。
「これから起業する若者のために、カフェ経営についての講習を……」
 って。なんでわざわざライバル店を増やす協力をしなきゃいけねーのか、意味がワカンネー。
 レンにバリスタ講習させんのも却下だけど、オレがカフェ経営講習すんのも却下だ。オレらみてーな若手より、むしろベテランの喫茶店マスターとかにやらせろっつの。
 オッサン講師だと女の集客がどうこう言われたけど、そんなの関係ねぇ。
 まあ、話を持って来たのは花井だったから、しつこくゴチャゴチャ言われずに済んでよかった。
 そう考えりゃ、花井は結構役に立つのかも知んねぇ。日頃から色々パシリやってんのは知ってるし、たまに来た時にコーヒー奢ってやるくらいはいいだろう。
 ともかく、レンを前に出すのも気に食わねーし、レンに接触しようとされんのも気に食わねぇ。
 オレと一緒に写真撮りてぇって女もたまにいるけど、それを許してたら、レンとも写真撮りてぇとか言われかねねぇから、却下だ。
 レンは、オレの前でだけ笑ってりゃいい。
 勿論、オレのケータイにはレンの可愛い姿の写真がいっぱい保存されてるけど――それは恋人の特権だし。他の誰にも共有させるつもりはなかった。

 そういう訳で、バイト選びにも気を使う。うちの雇用の第一条件は、バリスタに不用意に接触しねーことだ。
 レンに媚びを売んのも禁止、「ファンなんですー」とか言って、握手を求めようとすんのも禁止。厨房の写真撮ろうとすんのも、勿論禁止だ。
 この間、うちのパシリの水谷が「試験期間中は休みたい」とか言って来た。試験前に焦って勉強するようじゃ、成績も上がんねーんじゃねーかと思ったけど、まあ他人事だし別にイイ。
 ただ問題は、その間の代わりのパシリだ。
 8月だけの短期で、レンに媚びねぇヤツ。男でも女でもいーけど、水谷程度には使えて欲しい。
 バイト募集の貼り紙をどっかに貼るか、それともツテを頼りにするか……ちょっと頭が痛かった。

   (オーナー、執着し過ぎです)

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あきゅろす。
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