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夏休みは遠い (水谷視点)
※バイトの水谷視点になります。


 本日のケーキは、スタンダードなイチゴショートと、マンゴータルト、それからレモンとホワイトチョコのムース。
 ムースには砂糖でコーティングされたレモンの輪切りが乗っかってて、甘酸っぱそうで、美味そう。どんな味なのか、すごく気になる。
 毎日バイト入ってる訳じゃないから知らなかったけど、ここのところ毎日のように、いろんなレモンケーキが出てるらしい。
 夏に向けての試作品かな?
「レモン、仕入れ過ぎたんじゃねぇ?」
 なんてオーナーは言ってたけど、夏っぽいし、色も白と黄色で涼しげだし、レモンケーキ、いいと思う。
 それにそもそも、このパティスリーにはハズレがない。
 試作品は試作品かも知れないけど、きっと満足できるモノじゃないと、ここに卸したりはしないだろうし。美味しいケーキ、いいよねぇ。
 オレと同様、ケーキ好きなお客さんも多いみたいで、「んー」とか「美味しいー」とか時々聞こえて来たりする。

「3種類の中から、お選び下さい」
 銀トレイに乗せたケーキを捧げ持ち、お客さんたちの前に差し出して、ケーキを選んで貰うこの瞬間が、結構好きだ。
 「ふわあー」って小さな歓声が上がると、「だよね」って言いたくなってしまう。
「2つはダメなんですか?」
 って聞いて来るお客さんもいるけど、ケーキのお代わりはないっていうのが、うちのカフェの方針だ。つまり、ケーキ2個食べたければ、ケーキセットを2つ頼む必要ある。
 まあね、うちはケーキ屋じゃなくて、あくまでコーヒーがメインだから、そうなるのも仕方ない。コーヒー単品のオーダーはアリだけど、ケーキ単品のオーダーは無理だよね。
「じゃあ、レモンのこれ下さい」
「かしこまりました、レモンのチョコケーキですね。少々お待ちください」
 にこやかにオーダーを受け、ケーキを見せびらかしながら、ゆっくりと厨房の方に戻る。選ばれたケーキを皿に乗せ、残りをケーキケースに戻し終わる頃、セットで注文されたコーヒーが淹れ終わる。

 アイスコーヒーとケーキとをトレイで客席に運んでると、また別のお客さんが、オープンカフェに座るのが見えた。
 週末は大体忙しいけど、今日は更に忙しい。ずっと降り続いてた雨がやんだからかな? まだまだ空は曇ってて、晴れた青空は遠いけど、雨が降らないってだけで外に出かけたくなるのは分かる。
 蒸し暑い中で街歩きすると、オシャレなオープンカフェで休憩したくなるのも分かる。
 特にうちの店は屋根が大きいから、急に雨が降って来ても安心感あるよね。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
 水とお絞りを2人分用意してテーブルに向かい、オーダーを取る。高校生か大学生? オレと同年代くらいの女の子が2人、楽しげに話しながら、のんびりメニューを決めて行く。
「パフェかな、ケーキセットもいいなー」
「えー、ダイエットはいいのー?」
 そんな会話を黙って横で聞きながら、オーダーされるのを待ってると――。

「成績上がったから、ご褒美なの!」

 そんな言葉が聞こえて来て、ああ、通知表かぁってハッとした。
 そういえば、もう7月下旬? もう夏休み? それで忙しくなったのかな?
 ほんの数年前だっていうのに、通知表って単語が懐かしい。うちの大学は8月まで講義があるし、前期試験だって残ってるから、夏休みはまだ先だ。
 夏休み、いいなぁ。
 けど、きっと今年の夏休みも、バイトバイトの日々なんだろうなぁ。それでも可愛い子と一緒にバイトできるなら嬉しいけど……どうなんだろう?
 毎日オーナーと三橋さんのイチャイチャばっかり見せられるのは、ちょっと遠慮させて欲しい。
「私、パフェ」
「私はアイスハーブティで」
 そんなオーダーに「かしこまりました」と返事しつつ、淡々と端末を操作する。

 カフェの屋根から覗く空は、白く曇ってて蒸し暑い。梅雨明けはいつになるんだろう? オレにも夏空は来るのかな?
 少なくともバイトばっかじゃ、無理かも知れないなぁと思った。

   (暑苦しいです、オーナー)

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