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パリ祭
「毎度ー」
 聞き慣れたバイト君の声と共に、ケーキの入ったパッキンが開店前の店の中に持ち込まれる。
「おー、毎度。そこ置いて」
 バイト君に応じる、タカの声。ウィンナーの飾り切りをしてた手を休め、厨房から顔を出して「おはよう」ってオレも声をかける。
「毎度っス」
 快活な返事を聞きながら、タカの側に寄り添ってパッキンの中を覗き込むと、いつもの美味しそうなケーキの中に、なんだか珍しいのが混ざってた。
 青、白、赤、の縦3色に色分けされた、トリコロール。フランスの国旗だ。
「桃のロールケーキ、クラッシックショコラ、それからトリコロールムースになります」
 トリコロールムース。そのまんまの名前だけど、きっとケーキ屋さんの店頭に並ぶときは、違う名前になるんだろう。
 オレがフランスでバリスタの修行してた時、栄口君もちょうどパティシエの修行でフランスにいて、たまにタカを交えて遊んだりしてたから、懐かしい。

「へえ、珍しーな、こういうの作んの。試作品か?」
 タカの問いに、「期間限定品っスよ〜」ってバイト君がにこやかに答えてる。
「なんか、パリ祭? って」
「パリ祭? ああ、確かに今頃か」
 バイト君の答えに、オレも「あ……」って声を漏らした。
 パリ祭、そういえばあれは7月14日のお祭りで、この頃だったんだなぁ、って、一気に懐かしさが込み上げた。
 パリ祭は、フランスの建国記念日だ。バスチーユから始まる革命で、王政から共和政に移ったのを祝うお祭り。軍事パレードもあって、戦車とか騎馬とかが行進してるのは、TV画面越しにも壮観だった。
 日本人としてはそういうの珍しいっていうか、海外なんだなぁって、改めて認識したの覚えてる。
 ルーブル美術館とか、あちこちの美術館・博物館も無料開放されるらしいんだけど、ものすごい人混みになるのも有名だから、とても近寄る気にはなれなかった。
 エッフェル塔では野外コンサートやってたり、夜には花火も上がったりしてたけど、それもTVやネットで見ただけだった。

「懐かしい、ねー」
「そーだな」
 タカと2人笑い合いながら、ケーキを手早くケーキケースに並べて行く。
「栄口君、も、懐かしい、かな?」
「どーだろな」
 オレの隣で、何を考えたのか、ふふっと優しく笑うタカ。ケーキを並べ終えた後、そっと肩に腕を回され、ちゅっとこめかみにキスされる。
 触れるだけの軽いキスだったけど、まだバイト君が目の前にいる、のに、恥ずかしい。
「ふあっ、もうっ」
 照れ隠しにペシンと叩くと、「ふはっ」と声を上げて笑われて、余計に頬が熱くなった。

「仲いいっすねー」
 平坦な口調でバイト君に言われ、タカが「まーな」と自慢げに返す。
「向こうでもそんな感じだったんスって? なんか言ってましたよ」
「栄口が?」
「ええ」
 恋人とバイト君とのそんな会話に居たたまれなくて、たまらず厨房にぴゃあっと逃げ込む。
 オレらのこと、別に隠してる訳じゃないし、みんなに受け入れて貰えてるのは正直嬉しくもあるんだけど、こんな風に話題にされると恥ずかしい。
 栄口君、一体何を言ってたんだろう? 気になるけど、問いただす勇気は出そうになくて、カーッと顔を赤らめる。
 無心になろうと、ウィンナーの飾り切りを再開したけど、集中してやるような作業じゃないし。もうホント、どうしようかと思った。

 フランスでも、日本でも、ずっと一緒にいてくれたタカ。
 2人でお店をやろうって決めて、一緒に調理師免許も取ったし、開店資金も一緒に貯めた。留学のための語学学習、修行先の選定、向こうでのアパルトマン探し……全部、タカがいたからなんとかなった。
 そういうこと色々思い出すと、懐かしくて温かい。
 栄口君を始め、向こうで色んな友達ができたのだって、タカのお陰だ。オレがこうして、バリスタやれてるのも。今は充実してるのも。

「レン、顔真っ赤だぞ」
 からかうような声に顔を上げると、当のタカが笑いながら厨房の中に入って来た。
「ひ、人前でキス、するからで、しょー」
 むうっとむくれて見せたけど、タカはくくっと笑うだけで、ちっとも反省したように見えない。
「あんなのキスじゃねーだろ」
 って。再び肩に腕を回され、今度は唇が奪われる。
 柔らかくて湿った唇。重なる吐息と混ざり合う唾液。いつもの恋人との触れ合いだけど、厨房でするキスはいつも以上に背徳的で、いつも以上にドキドキした。

   (もうっ、仕事、してっ)

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