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七夕祭り (水谷視点)
※バイトの水谷視点になります。


 レモンケーキに、ブルーハワイのレアチーズケーキ、チョコムース。ケーキケースに並んでる「本日のケーキ」を横目で見ながら、「早く行け」と言うオーナーに返事する。
「へーい」
 キビキビ返事する気になれないのは、察して欲しい。
 猫や犬でも追い払うみたいに、しっしっと手で払われて、いつものことだけどムカーっとする。
 まったく、オーナーは横暴だ。絶対、人の下で働けないタイプに違いない。
 まあ、だからこそこうしてカフェを経営してるのかも知れないけど、バリスタの三橋さんに対する態度と、その他大勢に対する態度が、あまりに違い過ぎてドン引きだ。
「休憩はそのまま、適当に取れよ」
 それって、いちいち帰って来るなってことですね、分かります。
 背中に掛けられるオーナーの言葉に、もっかい「へーい」とうなずいて、制服にエプロン姿のままカフェを出る。
 たまに買い物とか、商工会への連絡とか、パシリに使われることもあるから、制服のまま店外に出るのは初めてじゃない。けど、やっぱりちょっと新鮮で、面倒だなぁという気分が薄まった。

 今日は、商工会が主催する七夕祭りが行われるっていうことで、オレはそのヘルプに行くとこだ。商工会に加盟する店から各1名ずつ出し合って、何か催し物をするらしい。
 うちのカフェでも、先週からガラポン抽選の補助券がレジで配られるようになってて、ああ、これかぁって感じ。
 ただオレが今日、何の雑用を振られるのか、実はまだ聞いてない。
「向こうで花井にでも訊いてくれ」
 オーナーから貰った指示はそんだけで、やれやれって感じだ。きっと商工会からは事前に説明があったけど、オーナーが覚えてないだけに違いない。
 はあ、とため息をつきながら、駅とは反対の方に向かって歩道を歩く。やがて数店の屋台が見えて来て、お祭り会場の場所が分かった。
 大通りから商工会へと続く脇道を、まるまる通行止めにして会場にしてるみたいだ。
 まだ本番前だからか、人通りは少ない。
 商工会のハッピを着てる人が、忙しそうにバタバタ走り回ってて、大変そうだなー、って同情する。
 花井さんは、ってキョロキョロと探しながら、歩行者天国になってる道路の真ん中を歩いてると、メイン会場らしきとこで、やっぱりバタバタ走り回ってた。

 花井さんは、うちの店の常連さんの1人だ。
 オーナーは「客じゃねぇ」とか言ってるけど、たまにちゃんとお金を払って、コーヒー飲みに来てるの知ってる。
 商工会のスタッフって、準公務員みたいな感じらしいけど、こうして走り回ってるの見ると、大変そうだなぁってしみじみ思う。
 薄給でブラック。しかも、うちのオーナーみたいなアクの強い店主さんたちを大勢相手にしないといけないし、オレにはちょっと無理かなぁ。
「花井さーん」
 声を掛けると、メイン会場でガラポンの準備をしてた花井さんが、「よお」って軽く手を挙げた。
「どこ手伝えばいいんスか〜?」
 緩く問うと、花井さんは「えっと……」ってコピー用紙の冊子をパラパラめくり、何やら確認し始めた。
「ABMHカフェさんは……ああ、コリントだな」
「コリント?」
 初めて聞く名称に首をかしげたけど、オレに詳しく説明してる暇はないみたい。

「ここ、行ってくれ。行けば誰かいる」
 そんな大ざっぱなことを言いながら、冊子の1ページをオレに差し出す花井さん。会場の端から端までの出店がずらっと書かれてて、そこには「ABMHカフェ」の名前もある。
 やっぱり、事前に決まってたんじゃんー?
 オーナーの適当さにガクッとなったけど、忙しそうな花井さんに文句を言っても仕方ない。
 メイン会場の場所と、地図とを見比べて、図に示された場所に歩き出す。
 ガラポン会場の後ろに、テキパキと張られる紅白幕。あちこちに飾られ、風に揺れる七夕飾り。
 どっかの屋台からぷうんとソースのニオイが漂って来てて、まだ会場にはスタッフしかいないけど、いかにも「祭り」って感じだ。
 お昼は屋台で買うのもいいなぁ。
 でも、ここらでうろついてると、休憩時間も何だかんだで駆り出されそう。

 そんなことを考えながらあるいてると、間もなく「コリント」ってデカデカと書かれた屋台が目について、「ちわー」と挨拶しながら近寄った。
 昔懐かしいゲーム台が3台並んでるのを見て、「これかぁ」って納得する。
「ABMHカフェでーす」
 店の名前を名乗ると、そこに立ってたピスタチオグリーンのエプロンを着た人が、「どーも!」ってオレに応えてくれた。
「毎度! パティスリー栄口でーす」
 毎度、って言われてちょっとビックリしたけど、話してるとどうやら、うちの店にケーキを卸してくれてる店らしい。
「あっ、そうなんスかぁ。ケーキ、美味しそうですよね〜」
「美味いっスよ〜」

 同じくバイトだっていう彼と、ケーキの話で盛り上がったのは勿論のことだ。
 店に卸してくれるケーキは、試作品だったり、廉価版だったりするんだけど、さっき見たブルーハワイのレアチーズのは、七夕限定で店頭にも並んでる、とか。
「いいっすねー、買いに行きたいなー」
「ぜひぜひ〜」
 そんな緩い会話を交わしてると、遅ればせながら商工会のスタッフが来て、コリントゲームのルールを説明し始めた。
 ボールは何個、何点以上ならどの景品で、参加賞にはキャンディを……。かなりメンドクサイ説明を聞きながら、オレ、何のバイトに来たんだっけ、ってちょっと思ったけど仕方ない。
「お宅のオーナーとバリスタさん、いつも仲いいですよね〜」
「ね〜」
 ケーキ屋のバイト君と、時々愚痴も交えながら喋るのも楽しくて、たまにはこういう日もいいかなぁと思った。

   (うちのオーナー、ヒドイよね)

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