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暇な日の厨房は
 雨続きの平日、お客さんも1人2人とぽつぽつしか来なくて、こんな日はちょっと暇過ぎて退屈、だ。
 朝から暇だったお陰で、ランチプレートの準備もサンドイッチの準備も、十分過ぎるくらいに整ってる。パフェに使うフルーツも一通り切り分け終わったけど、これ、全部なくなるの、かな?
「オーダー入るぞ。トラジャ1つ」
「トラジャ、はい」
 タカの声にシャキッとしつつ、布ドリップをいそいそとセットして挽きたての豆を入れる。ゆっくりと湯を回し入れ、ゆっくりとかき混ぜると、ふわっと立ついい匂い。
 トラジャ、味わってくれるかな? そんな思いで淹れたコーヒーを保温済みのコーヒーカップに移すと、タカがソーサーやスプーンやミルクをトレーにテキパキ運んでくれた。
 タカも暇なのかな?
「いー匂いじゃん」
「んっ、いい豆」
 いつものそんな会話をしつつ、タカがトレーを客席に運んでいく。屋外にスタスタ出て行ったから、オープンスペースにお客さんがいるみたい。

 でも確かにこんな曇り空には、屋内だと余計にどんよりになる、かも?
 ガランとひと気のない客席に目をやりつつ、ふらっとケーキケースの前に行く。
 今日のケーキは、ショウガのシフォンケーキとイチゴのタルト、緑茶のムース。ショウガのシフォンは新作で、パウダーシュガーで飾られてて美味しそう。
「ホントに美味ぇのかよ?」
 なんてタカは苦笑してたけど、ケーキ屋のバイト君は「美味いっスよ」って自信たっぷりだった。
 ランチプレートが余るのはちょっと困るけど、ケーキが余るのはちょっと嬉しい。
 イチゴのタルトには、ブルーマウンテンが合うかな? シフォンケーキには、浅煎りのコーヒーが合うんだけど、ショウガのシフォンにはどうだろう?
 緑茶のムースは、っていうと、ちょっと難しい。紅茶の方が無難か、な? オレなら何飲むだろう?
 ケーキケースの前で、うーん、と悩んでたら、いつの間にかタカが戻って来て他みたい。「こら」って声と共にコツンとゲンコツを落とされて、ちょっとだけ反省した。
「ケーキケースによだれ落とすなよ」
「落とさない、よっ」
 むうっと言い返しつつ、こっそり口元を手でぬぐう。栄口君の作るケーキはどれも美味しそうで、罪深い。

「雨、降りそう?」
「そーだな、降るかもな」
 店の中から見える空は、分厚い雲に覆われてどんよりと薄暗い。
「こ、降水確率、どんくらいだ、っけ?」
「さーな、70%とかじゃなかったか?」
 オレもタカもイマイチ天気予報に熱心じゃないから、その辺の数字に覚えがなかった。どっちみち梅雨時の平日は暇だから、変わり映えしない感じかも。
 毎日違うのは、栄口君のケーキくらい、だ。ランチプレートのおかずも一応毎日違うけど、食中毒が怖いこの時期は、いつも大体似たようなメニューが続いてしまう。
 そういえば、そろそろ半夏生だっけ? あれ、今日、か?
 雨や土に毒が混じる、とか言われてた半夏生。体調崩しやすいし、食中毒も起こしやすい。体も冷えやすくて、お腹壊すこともある。
 ああ、だからショウガのケーキなの、かな?

 栄口君の意図に気付いた気がして感動してると、タカが「あっ」と声を上げた。見ると、雨が降って来たみたい。
「降った、ね」
「ああ」
 ふらふらと誘われるように店の入り口に向かうと、雨音はパラパラ強くなって、オープンスペースの屋根を打ち始めた。
 外には男性のお客さんが1人だけ。なんだかちょっと寂しいけど、でもタカがいるから切なくはない。
 うひっ、と笑いつつ寄り添うと、ぽんと頭を撫でられた。
 けど、お客さんがこっちを見て手を挙げたから、それも長く続かない。慌ててぴゅっと厨房に戻りつつ、赤くなった頬を押さえる。
「トラジャ、アイス1つ」
 間もなく空のコーヒーカップと共にタカが戻ってきた。オーダーを通す声が、ちょっと不機嫌そうでふひっと笑える。
 もしかして、さっきホットでトラジャ飲んだのも、あのお客さん、かな? トラジャ、気に入ってくれた、かな?

「トラジャ、アイス、はい」
 タカの言葉にうなずきつつ、再び布フィルターをセットする。その間にタカが、タンブラーに氷をセットしてくれてて、たまにはこんな日もいいなぁと思った。

   (え、笑顔のおまじない、だよ)

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あきゅろす。
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