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商工会の苦労人
 真っ黒な傘を差した大男が店にやって来たのは、朝から雨の降り続く、とある午後のことだった。
 デカい傘をバサリとたたみ、無造作に店頭の傘立てに突っ込んで、その大男はズカズカと店内に入り込んだ。
「どーも、毎度」
 厨房近くの奥のカウンターにドカッと座ったソイツの名は、花井。この辺りの商工会の職員だ。
 商工会っつーのは、ざっくり言うとうちみてーな町経営の店をサポートしたり、地域を盛り上げるイベントを企画運営したりする公的機関。
 うちは今んトコ、経営サポートなんかの世話にはなってねーけど、地域イベントのポスターを貼ったり、スタンプラリーに参加したりはしてる。
 会計時にガラポン抽選の補助券を渡したりの作業は、正直面倒で仕方ねーけど、「あと1枚」って時にうちにコーヒー飲みに来る客もいるみてーだから、断れねぇ。
 花井はそこの経営指導員っつー肩書きらしーけど、オレが見た感じ、実質パシリだ。
「疲れた……」
 っつってため息をついてるトコ見ると、今日も色々パシッってる最中なんだろう。

「毎度。お疲れ」
 別に客って訳じゃねーけど、コトンと水の入ったグラスを目の前に置いてやる。
 「さんきゅー」と言ってごくごく水を飲み干す花井の様子を、厨房からレンも顔を出して見に来た。
「は、花井君。お疲、れ」
 にへっと笑い掛け、「おー」って返事を聞いて、すぐに厨房に戻ってくレン。その仕草は可愛いけど、花井にコーヒー淹れてやるために引っ込んだんだろうって思うと、面白くねぇ。
 また店の方も割と暇で、それをたしなめる雰囲気じゃねーのが腹立たしい。
 ランチタイムの終わった昼下がり。オープンスペースと店内とに、1組ずつ客がいるだけの状態。まるで、店が暇な時期を見計らって来たみてーなタイミングだ。
 間もなくコーヒーのいい匂いが漂って来て、その芳香に花井が「はああー」とため息をつく。
 ホントにお疲れの様子だ。けどその割に、カウンター上にドサドサと書類を出してて、仕事のやる気はあるらしい。

 見ると、七夕祭りの企画書だ。
「あー、もうそんな時期か」
 カラフルなチラシをちらりと見て、花井の訪問の目的を悟る。そういやもう6月も中旬だ。別に七夕だからって、うちは特に何をするって訳でもねーけど、またガラポンの補助券配りもあるんだろう。
「そう。ワリーけど、ガラポン抽選のご協力のお願いと、祭りのサポートに誰か1人、派遣して欲しい」
「祭りのサポートね……」
 花井の言葉にうなずきつつ、手渡された企画書をざっと読む。
 そうしてる内に、コーヒーができたらしい。「花井、君」と声を上げ、レンが淹れたてのコーヒーを銀盆に載せて持って来た。
「どー、ぞ」
「おー、サンキュー。いい匂いだ」
 書類をガサッと脇にどけ、コーヒーカップを手にする花井。珍しく糖分が欲しいみてーで、角砂糖を2つも入れてて、うわぁ、と思う。

「後何ヶ所回んの?」
「さー、後半分かな……」
 そんな適当な返事をしつつ、ずずっと熱いコーヒーをすすり、「美味っ」とぽつりと漏らす花井。
 「うへっ」と嬉しげに笑うレンは可愛いけど、そんな可愛い顔を花井にまで見せる必要はねーっつの。
「ここはいーから、厨房に戻ってろ」
「嫉妬深ぇなぁ」
 しっしっと最愛の恋人を厨房に戻そうとするオレを見て、花井が呆れたように肩を竦める。
 いつものやり取りの、気安い会話。
 けど今は営業中だから、互いにそんなのんびりもしてられねぇ。
「あ、ほら。お客さん」
 花井に促されて外を見ると、オープンスペースに2人連れの男女が座るとこだった。はあっ、と息を吐いて気分を改め、客がメニューを開くのを待って水とお絞りを2人分運ぶ。

 店外に出ると、さっきまで激しく屋根を打ってた雨音が、少し静かになっていた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「えー、何にする? パフェ?」
「寒くねぇ?」
 きゃっきゃと笑いながら話す客。大学生くらいだろうか。カップルか。
「ケーキセットって、何のケーキなんですか?」
「本日のケーキは、イチジクのショートケーキ、夏みかんのパイ、梅のムースになります。お決まりでしたら、サンプルをお持ちします」
 客の女に淡々と説明し、ケーキセットのオーダーを取る。男の方は、サンドイッチにするらしい。
「かしこまりました。少々お待ちください」
 軽く頭を下げ、端末を操作して伝票を打ち込む。

「オーダー入るぞ」
 店の奥に入り、レンに声を掛けると、それを合図にしたように花井がカタンと席を立った。
「じゃあ、書類置いとくな。コーヒーご馳走さん」
 レンにも声を掛け、来た時と同様にズカズカと去ってく花井を、一瞬見送る。
 忙しくなったと同時に立ち去るとか、やっぱ暇な時を見計らって来たんじゃねーかと思う。
 けど、そんな些細なことはどうでもいい。今は、仕事だ。
「ケーキセット、ミルクティ、サンドイッチ、キリマンジャロのホット」
 ケーキ3種を銀盆に載せつつ、レンにオーダーを通す。
「ケーキセット、ミルクティ、はい……」
 復唱しながらプラのチップを作業台に並べるレン。ゴールデンウィークん時とは違い、今はまだまだ余裕そうで、その作業も楽しげだ。

 「ムリしない」がモットーの店だから、無理しないで楽しく営業できりゃそれでいい。
 まあ、たまには商工会のイベントで面倒な思いすることもあるけど、七夕イベントはレンも楽しみにしてるから、今年もそれなりに無理なく参加しようと思った。

   (たまには客として来いよな)

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あきゅろす。
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