拍手Log 思い、通じない 「三橋君としばらくは2人で行動しなさい」 夏合宿始まってすぐモモカンに言われて、最初は意味が分かんなかった。 ケガ人と投手が組んで別メニュー、っつーのは田島の時にもやってたからまだ分かるけど、一緒に診療所通ったり、一緒にメシ作ったり、一緒にメニュー決めたり、って。一体何の意味があるんだろう? 精神面での修行の為じゃねーかって気付いたのは、2日目が終わった後だ。 三橋を気にするな。三橋ばっか見るな。三橋に手を出すな。ふと気を抜けば、アイツに伸ばしそうになる手を平常心で押さえつける。 胸の痛みも、湧き上がる愛おしさも、もどかしさも、全部耐えろってことなのかも知れねぇ。 成程、これはキツイなと思った。 何よりキツイのは、三橋の言いたいことをうまく理解できねぇことだ。 「あ、の。ぶ、どう」 って、うつむきながら言われても、何が言いてぇのか分かんねぇ。ぶどうが何なのか、どうして欲しいのか、どうしたいのか、何も分かんねぇ。 「ぶどうが何だよ?」 そう訊くと、びくっと肩を揺らしてビビったみてーにされんのがキツイ。 「ぶどう、洗って盛り付ければいいんだよね?」 横からマネジが口を出し、それに三橋が「うん」とうなずく。オレよりよっぽど通じ合ってるみてーな、そんなやり取りを真横で見せられんのもキツかった。 そういや美丞戦の最中も、似たようなことあったなと思う。 「コースが違う」って。半泣きで動揺しまくりながら言ってくれた三橋の言葉を、怒鳴らず追い詰めず冷静に拾い上げてやったのは、オレじゃなくて田島だった。 オレが捻挫してベンチに引っ込んだ後、オレの代わりに捕手を務めた田島は、オレよりもうまく三橋と意思疎通できてたみてーだ。 試合は負けたけど、決して田島のリードのせいじゃねぇ。 かといってオレのケガのせいかというと、それはちょっと疑問だけど……少なくとも、三橋との約束を破る羽目にはならなくてすんだハズだった。 「榛名さんと組んでれば……」 って、三橋に言われたのもショックだった。 三橋本人に、深い意味はなかったのかも知れねぇ。単に、榛名と組んでる捕手がオレより低レベルだとか、そんだけの意味かも知れねぇ。 榛名と組んでなくてよかった、とか、そういう意味かも。 でもやっぱ、言われた瞬間ムカッとした。 オレは不要だって、言われてるような気がした。無意識に榛名の剛速球と比べてるんじゃないかって、非難されたような気もした。 「お前……っ!」 思わず怒鳴り付けると、三橋はやっぱりビクッと怯えたような顔して――好きな相手にそんな顔させたことに、余計に自分で傷付いた。 なんでうまくいかねぇんだろうって、落ち込む。 美丞戦の後、うちに見舞いに来てくれた時、2人きりで話して分かり合えたと思ったのに。あれはオレの願望が見せた、ただの幻想だったんかな? プール練習の時も、三橋は田島らと楽しそうに競泳してて、オレを振り返ろうともしねぇ。 捻挫した脚に負担をかけず、上半身の力だけで25メートル泳ぐのはキツイ。 心肺機能がなまってんじゃねーかって、不安に陥る。 「阿部って、すぐ三橋に怒鳴るよね」 沖に静かに指摘され、自分の悪癖に気付かされたのもショックだった。 怒鳴ってる自覚も、怒ってばっかいる自覚も、言い方キツイ自覚もなかった。自分の言動を顧みて、「ウソだろ……」って血の気が引く。 「モモカンはさぁ、お前と三橋にもっと仲良くさせてぇんじゃねぇ?」 花井に気遣わしそうに言われて、ドキッとする。 「オレと三橋、別に仲悪くねーだろ?」 そう言うと花井も、話を一緒に聞いてた沖も、顔を見合わせて黙ってた。 好きだなって気持ちを抑え過ぎたのがワリーんだろうか? この胸の痛みも、モヤモヤも、口にしねーと届かねーんだろうか? 目と目が合えば通じ合う、なんてのは都市伝説か? そう考えて、目が合うことも滅多にねぇのを思い出す。 当の三橋はプールサイドの向こう側で、田島や泉、水谷や巣山らなんかと楽しそうに談笑してて――無邪気な笑顔が眩しくて、同時にすげー遠かった。 (「仲良く」って深い意味はねぇぞ!) [*前へ][次へ#] |