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誓いの日、0721の日
試合の後のグラウンドの隅で、みんながグラウンド整備してる間、浜ちゃんのエールを聞きながら柔軟をする。
今日も勝った。そう思った瞬間、後ろにいた阿部君から同じこと言われてドキッとした。
「今日も勝ったな」
って。
全部阿部君のリードのお陰だけど、勝てたのは嬉しい。同じこと考えてたのも嬉しい。
背中に添えられた彼の手のひらの温度に、必要以上にドキドキする。
胸がきゅーっとなって苦しいけど、この苦しさを失くしたくない。阿部君がもしいなくなったら、って、そう思うとすごく不安で仕方ない。
阿部君には、いつも側にいて欲しい。
田島君には「いつも?」って不思議そうに訊かれてギクッとしたけど、いつもって言ったらいつもだし。
阿部君がオレの前からいなくなるなんて、そんな怖い事、考えたくもなかった。
「あ、阿部君、は……」
オレのキャッチャーやめない、よね?
不安に駆られて思わず訊くと、「やめる訳ねーだろ!」って怒られた。
「なんでそんな不安なんだ? オレが信じられねーの?」
って。
後ろからグリグリとウメボシされるのは痛くて怖い。でも、ぐいっと肩を掴まれ、振り向かされ、顔を覗き込まれるのはもっとずっとドキッとした。
阿部君の整った顔が間近に迫る。
その雰囲気は決して甘くなくて、怖くて緊張して涙が出る。
真っ赤になりつつ、目を合わせるのが怖くてうつむいてると、はあー、と大きなため息をつかれた。
「前に約束しただろ、3年間お前のキャッチャーやってやる、って。ケガも病気も絶対しねぇ。ずっと側にいてやるから、信じろ」
ぽん、と頭を撫でられると、後はもう「うん」ってうなずくしかない。
阿部君の言葉には力がある。
阿部君がいてくれれば、どこまででも行ける。顔を上げて、前に進める。
「う、ん。信じる」
赤くなってる顔を上げ、目の前の彼に視線を向けると、阿部君は「よし!」っていい笑顔でうなずいた。
まっすぐ向けられる視線と視線が絡み合う。
ドキドキして緊張して、ちょっと気まずくて、でも目が逸らせない。どうしよう。
そう思った時――、「こらー!」って遠くから怒鳴る花井君の声が聞こえて、ハッとした。
「柔軟まじめにやれ、お前らー!」
って。
そういえば柔軟の途中だったなって、今更のように思い出してギクシャクと脚をまっすぐに伸ばす。
花井君に「おー」と返す阿部君の声、再び背中に添えられる手のひらの温度に、どぎまぎした。
田島君から「今日はオナニーの日だぜ」なんて教えられたのは、学校に帰った後のことだ。
「田島ぁ、声がデカいってー」
誰かの注意する声に、じわじわとオレも赤面する。
「今日は16強記念に16回」
「やってみろよ、こら」
そんなみんなの気安い会話を聞くともなしに聞いてると、阿部君に「三橋」って声を掛けられて、飛び上がるくらいビックリした。
「分かってると思うけど、試合の前の日にはすんじゃねーぞ」
って。
「な、なに、が?」
一瞬何のことか分かんなくて訊き返し――ああ、と思い付いて、ぼんっと爆発するみたいに血が上る。
話題を振ったのは田島君だけど、阿部君からその手の話を聞くなんてことは初めてで。
「つーかお前、するの?」
「し、ないっ」
思わぬ問いに慌てて首を振りつつも、なんでかあの手のひらの温もりが、頭の中によみがえった。
(あ、阿部君、は、する、の、かな)
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