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いなり寿司の日
 お母さんがいつも作ってくれるいなり寿司は、でっかい三角で、具がいっぱい入ってる。
 小さく切ったかんぴょうとか竹輪、しいたけ、竹の子、ニンジン、ゴボウ。今の季節だと、枝豆なんかも入ってて美味しい。
 3連休だったからか、昨日の晩から久々に家でいなり寿司を作ってくれた。
「明日はちょうど、稲荷寿司の日だからね〜」
 って。
 毎月17日はいなり寿司の日らしいんだけど、それがなくても、具がいっぱいのいなり寿司は美味しいし大好きだった。
 昼休みに楽しみにしながら弁当箱を開けると、偶然田島君もいなり寿司の弁当だった。
「うお、長い」
 田島君のいなり寿司は細長い棒みたいな形で、ちょっと変わってて面白い。
 そう言えば、群馬でもこういうの見た事あったっけ。スーパーとかで売ってる俵型のいなり寿司が、3つくっついてるくらいの長さでスゴイ。

 いなり寿司にも、いろいろあるんだ、な。
 田島君ちのは、黒糖で煮込んでるから色が濃い目で甘いんだって。具はシンプルにかんぴょうだけで、それはそれで潔い。
 どんな味なんだろう? 美味しそう。……そう思ってたのが、バレたのかな?
「三橋、1個交換しよーぜ」
 田島君がニカッと笑って、自分から交換しようって言ってくれた。
「うわー、具がいっぱいなの豪華だなー」
 まっすぐに誉められると、やっぱり嬉しい。食べたことない長いのも嬉しい。
 「子供は無邪気だねー」なんて誰かに笑われてるけど、その言葉にも悪意はなくて、みんなで仲良く弁当食べられるのも嬉しかった。
「うまそう!」
 花井君の合図で一斉に手を合わせ、「うまそう、いただきます」と声を合わせる。
 まず食べるのは、うちのいなり寿司。具がこぼれないよう引っくり返して、三角の端っこからかぶりつく。

 いっぱい食べれる大きな口がオレのひそかな自慢だけど、さすがのオレもでっかいいなり寿司は一口で食べるの、難しい。
 田島君も難しいみたい。がぶっと半分かじりつき、「うひょー、うめー」って笑ってる。
「へー、美味そう」
 近くにいた阿部君も、ちょっと興味があるみたい。
「た、た、たっ、食べ、る?」
 緊張しながら訊くと、「いーよ、自分で食いな」って苦笑されて、ちょっと恥ずかしかったけど、イイ人だ。
 オレが自分の取り分のこと気にしてるの、バレバレだったかな?
 そういえば前に栄口君とも、同じやりとりしたんだっけ?
 少々照れながら黙って口を開け、いなり寿司をもきゅもきゅ食べる。枝豆美味しい。しいたけも美味しい。残り1つの三角いなりを食べた後、田島君と交換した長い1個を最後に食べる。

 よその家のいなり寿司、食べるのそういや初めて、かも。
 そんな些細なことも嬉しくて、自然と口元がにまにま緩む。「嬉しそーだな」って阿部君にちょっと呆れられたけど、嬉しいんだから仕方ない。
「田島君、ちの、食べる、ねっ」
「おー、食え食え。うめーぞ」
 にこやかに促され、最後のいなり寿司を掴む。
「お、おっきい、ね」
 長い棒状のいなり寿司は、思ったより太めでしっとりしてた。ぷうんと香る黒糖のニオイをくんくん嗅いで、端っこからめいっぱい口に入れると――。
「お前っ、それ……っ」
 斜め前にいた阿部君が声を詰まらせて、片手でぐっと口元を覆った。

「三橋、持ち方おかしーぞ」
 田島君に苦笑されたけど、こんな長くておっきいの食べるの初めてだったし、何がおかしいのか分かんない。
「太巻きより細いのに、色が……」
 って、誰かが気まずそうに眼を逸らしてる。
「んんっ?」
 ノド奥をうっかり突いちゃって、かすかに顔をしかめると、「こら」って隣の泉君にベシッとツッコミ入れられた。
「田島、三橋に変なモン食わすな!」
「オレのせいかよ!」
 花井君と田島君がぎゃあぎゃあ言い合う中、訳も分からず首をかしげ、いなり寿司をむぐむぐ口に入れてると、ゴツンとゲンコツが落とされた。
 それは、まだ片手で口元を覆ったままの阿部君、で。

「お前はもう、人前でいなり寿司食うな」
 格好いい顔をしかめ、間近で赤い顔で怒られて、よく分かんないけどうなずくしかなかった。

   (つゆがしみてて、美味しい、よ?)

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