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短冊の願い
9組の教室の窓から、高校には似つかわしくねぇモノがわさっと廊下に飛び出してた。
七夕の笹だ。
「なんだ、あれ?」
一体誰が……と思ったところで、ふっと田島の顔が浮かぶ。自分ちの笹を切って来た、とか言いそうで怖ぇ。
期末テストが始まるっつーのに、随分余裕だな!?
少々呆れつつ、通りすがりにちらっと見ると、「赤点回避」ってデカデカと書かれた短冊が何枚もあって、ホント、何やってんだと思った。
デカデカと書かれてんのは、田島の字だろうか?
三橋は……?
笹を眺めつつ教室内に目を向けたけど、あのふわふわした頭は見えねぇ。
まだ来てねーんだろうか? テストの日くらい早く来て、試験範囲の最終確認するみてーな気はねーのかな?
まあ、そういう気概があるなら、赤点ギリギリになんかなんねーか。
やれやれと呆れつつ、目の前の笹を眺める。
田島のデカい字に混じり、三橋のだろう気弱そうな字で書かれた短冊を見つけて、ふっと苦笑する。
――野球やりたい――
って。
「赤点回避」もどうかと思うけど、テストのことにかすってもねーのも問題だろう。
「野球やりたい、か……」
確かにテスト期間合わせてもう1週間、ボールにまったく触ってねぇ。
野球やりてぇって思いは、オレも一緒だった。
オレがもし短冊書くなら、何て書こう? 短冊の効果とかあんま信じてはねーけど、何か願い事したくなるような雰囲気が、笹飾りにはちょっとある。
廊下を進んで7組の教室に向かうと、もうすでに花井と水谷は自分の席に座ってて、真面目に教科書を眺めてた。
「おはよ」
声を掛けてカバンを置くと、「おお」って花井が顔を上げる。
「9組の笹、見たか?」
「見た見た、赤点回避。田島らしーね」
横から水谷も口を出して来て、どうやら2人ともあの短冊をじっくり眺めた後だったらしい。
「どうせなら『1回戦突破』とか『桐青に勝ちたい』とか書けばいいのに」
水谷の言葉に、「それな」と苦笑したのは花井だ。
「試合についてのことは、自力で叶えてーんだってよ」
と、どうやらそれは田島から聞かされたことらしい。
「じゃあ、赤点回避も自力で叶えねーと」
水谷の言葉に、ホントにな、と思いつつ席に座って教科書を開く。
そう言われてみりゃ、三橋の短冊も純粋な願いを書いたように思えて、何も考えてねぇようだけど、微笑ましい。
「勝ちたい」とか「エースになりたい」とかじゃねーんだな。
――野球やりたい――
テスト前の教室から青空を見上げながら、短冊を書く姿が目に浮かぶ。
あいつの願うことがそれで、同じ野球部員として嬉しい。
ああ、早くテストを終わらせて、思い切り野球やりてーよな。三橋の前にミットを構え、アイツが久々に投げる球を受けてぇ。
一緒に、野球をやりてぇ。
教科書をパタンと閉じ、窓から見える青空を眺める。
期末が終われば、翌日はもう開会式。その翌日にはもう、桐青高との試合で――。
夏が始まると思うと、わくわくした。
(一球入魂とか書けねーのか)
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