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梅雨明け
『関東地方は梅雨明けしたとみられます』
 朝ご飯を食べながら、ぼうっとTVを見てるとそんな言葉が聞こえて来て、一気に「うおっ」と目が覚めた。
 おとといまではじめじめだった空気も、そういえばいつの間にかカラッとして来たし、日差しも強い。
 窓の外はもう太陽が出てて明るくて、今日は1日晴れそうだ。
『日差しが強くなっております。熱中症にご注意ください』
 天気予報のお姉さんの言葉を聞きながら、朝ご飯をもりもり食べる。
「へえ、梅雨明けだって。よかったわね」
 お母さんにもそう言われて、「うんっ」とこっくりうなずいた。

 いつもは朝5時から始まる練習も、土日はちょっとだけ遅い。
 雨の後はいつも、グラウンドが草ぼうぼうになるから、今日も多分瞑想の後で草むしりだ。
 雨で崩れたマウンドに土を盛り、ピッチャープレートの側に生えた草をむしって、投げる環境を整える。
 草の葉で指を切らないよう、軍手は必須だ。
「お母さん、軍手あるー?」
「出しとくから、支度しなさーい」
 台所からの返事を聞きながら、歯磨きして顔を洗う。
 今日は他校に行かないから、普通にTシャツで大丈夫。予定を確認しながら2階で着替え、エナメルバッグを抱えて降りると、玄関にお弁当と水筒と軍手が置かれてた。
「お母さんもお昼に行くから」
「分、かった」
 返事をしながらシューズを履き、玄関をガラガラ開けて外に出ると、空はスッキリ晴れていて庭木の向こうに青空が見えた。

 雨の日は視界も悪いし滑りやすくてスピードも出せないけど、晴れてるとぐんぐん自転車が漕げる。
 カッパ越しには味わえない、朝の風が気持ちイイ。
 今日も、野球だ。
 学校に向かう道中、ずっと空が青くてキレイで、オレのテンションもぐぐっと上がった。

 裏グラに着くと、もう既に何人か来てるみたい。自転車が何台か停まってた。
 最後じゃなくてよかった。そんなことを考えつつ、そわそわしながらフェンス戸をくぐる。
「ちわっ」
 ぺこっと頭を下げながらグラウンドに入ると、ベンチで着替えてた人たちが、「おはよ」って声をかけてくれた。
 田島君と花井君と水谷君だ。後の人は、もう草むしり初めてるんだろうか?
「晴れたな」
「梅雨、明けた、ね」
 田島君とそんなことを話しながら、練習着に着替えるべく、もそもそとTシャツを脱ぐ。
「いっぱい打つぞー!」
 テンション高く叫んでるとこを見ると、田島君もやっぱり、晴れて嬉しいんだ、な。

「おー、そーだな。だがその前に草むしりだ」
 田島君に注意する花井君も、やっぱり何となく嬉しそう。オレも嬉しい。
 うひっと笑いながらTシャツを脱ぎ、ぷはっと顔を出す。今度は黒アンダーを着ようと、エナメルバッグをもそもそと漁ると……。
「のろのろしてんなよ」
 そんな声が後ろから掛けられて、飛び上がるくらいビクッとした。
「おー、阿部、おはよー! 梅雨明けだぞ!」
 機嫌よさそうに挨拶する田島君に、「おー、はよ」と返す阿部君。
「梅雨明けとは限らねーぞ。梅雨の晴れ間の可能性もあるかんな」
 って。いつも通りのテンションで返事する阿部君は、いつも通り冷静で、さすがだなぁって感心する。
 みんなの会話を聞きつつ、ようやく探し当てた黒アンダーを広げると、「おい」って裸の背中を叩かれた。

 びくっとして振り向くと、案の定阿部君がいて、ドキッとする。
「着替えんのに、何分かかってんだ」
 眉間にしわを寄せながら叱られると、ちょっぴり怖い。けど、「風邪ひくぞ」って付け足されるたび、大事にされてるような気がして、ほんわかする。
 背中に当てられた阿部君の手が、ほんのり温かい。
 ってことは、オレの背中が冷えてるってことで、オレは慌ててアンダーを着た。その上から練習着を羽織り、冷えないようきちっとボタンをはめる。
「阿部、過保護だぞ」
「毎回うぜーぞ」
 誰かがからかうように言ったけど、気に掛けてくれるのはホント言うと嬉しい。
「よし!」
 支度したオレを見て、OK出してくれるのも嬉しい。

「まあ、三橋が嬉しいならそれでいーけど?」
 田島君にぼそっと言われて、「いい、よっ」ってうなずく。
 これがどういう気持ちなのか、自分でもよく分かんない。依存とか、そういうよくないものかも知れない。
 ただ、いつか阿部君から、心配も何もされなくなったら――その時はきっと、すごく寂しくなるなと思った。

   (阿部、手つきやらしーぞ)

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あきゅろす。
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