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1 三橋君、バイトする
薬局パラレル   三橋…アルバイト、阿部…常連客
色々捏造です。ご了承下さい。



 バイト探してるなら、事務課の横の掲示板をチェックするといい。部室でアルバイト情報誌を眺めてたオレに、サークルの先輩がそう教えてくれた。
 大学の紹介が付くから、採用されやすいんだって。ただ、いいバイトはすぐになくなっちゃうから、しょっちゅうチェックしないとダメなんだって。
「ありがとうございます。さっそく、行って見ます!」
 オレはペコリと頭を下げて、クラブハウスを出た。

「おーい、三橋ー!」

 部室の窓から、さっきの先輩が顔を出して呼び止める。
「日曜はあんま入れんなよー! 試合あんだかんなー!」
「はいーっ!」
 了解の意味を込めて、右手を挙げる。
 オレは大学の野球サークルで、一応エースさせて貰ってるんだ。初心者も多いし、練習時間もほとんど無くて、趣味のようなサークルだけど。でも楽しいし、みんな優しいし、オレは投げられればそれで良かった。


 実験棟の横をすり抜け、石畳の小さな中庭を突っ切り、本校舎に向かう。暗くて古い廊下を行くと、間もなく右手に事務課が見えた。その横の掲示板を見ると、ホントにバイト募集の張り紙が貼ってある。
 今まで全然気にしなかった、こんな掲示板があった事。
 だって、その向かい側には教務課の大掲示板があって、休講のお知らせとか、テストの日程とか、範囲とか、成績とかが貼られてるんだ。
 オレはまる一年、毎日そこばっかり見てて、反対側を見てなかった。


 募集されてるバイトは、今日は4つだった。全部日付が浅いから、ホントに人気があって、早い者勝ちだったみたい。
 オレは背伸びしながら、張り紙を見た。

 家庭教師(中1女子)、家庭教師(中3男子)、薬局(院生のみ・要免許)、薬局(学生可)。 迷わず、(学生可)と書かれた薬局バイトの紙を剥がす。
 家庭教師は、割が良くて楽でみんなやってるけど、オレは多分ムリだ。口下手だし、一対一で判るように教えられるか自信が無い。
 そして薬局は……時給1000円〜 ってのにも惹かれたけど、やっぱりちょっと興味あったんだ。時間が7時からってのも良かった。これならサークルの練習も休まなくてすむし、帰ってシャワーも浴びれそうだ。

「失礼します」
 オレは事務課の、重い木の扉をノックして開けた。カウンター越しに、事務員さんに声をかける。
「すみません、アルバイト、申し込みたいんです、けど」
「はいはい、ああ、これね。じゃあ電話するから、ちょっと待っててね」
 事務員さんはそう言って、テキパキと電話を掛けはじめた。
「いつもお世話になっております、三星薬科大学でございます。……はい、アルバイトの募集の件で……」
 いったん受話器を耳から離し、片手で押さえながら、事務員さんがオレに言った。
「面接、さっそく明日はどうですかって」
「はい、夕方以降なら大丈夫です」
 やがて電話を終えて、にこにこ笑いながら、事務員さんが書類を出してくれた。なんでご機嫌なのか判らなかったけど、オレも笑顔でお礼を言った。
「証明写真、カッコいいの選びなさいよ!」
「……はい」
 意味が判らなかったけど、一応、オレは頷いておいた。
 そうだ、写真を撮りに行こう。それから履歴書だ。

 オレは、わくわくしながら事務課を後にした。初めてのバイトだ、頑張るぞ。……その前に、採用されなきゃ、だけど。



 そして翌日。オレは紺色のスーツを着て、その薬局を訪れた。アパートから電車を乗り継いで1時間弱、ちょっと遠いかもだけど、繁華街のど真ん中だし、地下街の中だし、地下鉄の改札のスグ横で、便利だ。
「いらっしゃいませ」
 やわらかく挨拶をしてくれた、男の店員さんに慌てながら、用件を言う。
「あの、お約束した三橋と申しますけど」
「ああ、はい、聞いてますよ。ちょっとお待ち下さいね」
 店員さんはそう言って、「調剤室」と書かれた奥の部屋をノックして覗き、大きな声で「センセー」と呼んだ。
 やがて現れたのは、白衣を来た、色白でヒゲの濃い四十がらみの男性だった。
「あら、キミが三橋君? 大学から伺ってます。ちょっとそこの喫茶店で、お話しましょうね」
 外見に似合わず、丁寧な口調でそう言って、オレの背中に手のひらを当てる。「ケーキ好き?」とか尋ねられながら、連れて行かれたのは、同じ地下街の中の明るい喫茶店だった。
「ここはね、パシントンホテルが運営しててね、ケーキもおいしいけど、スウィートポテトが有名なのよ」
 窓際のテーブル席に座って、メニュー表を見せられる。どうしよう、これって面接だよね? ケーキ勧められたら食べるべき、なのかな? それとも断るべきなのかな? 一応面接のマナーの本には目を通してきたけど、こんな状況についてなんて、書いてなかったよ……。
 内心、汗をだらだらかいていたオレに、その人は重ねて言った。

「ケーキ好き?」

 オレはもう訳が分からなくなって、思わず「ハイ、大好きです!」って答えちゃったんだ。そしたらその人は、オレの手をぎゅっと握って……言った。
「うん、採用っ」
 
 何だか、一気に力が抜けてしまった。
 その人が言うには、接客業を長くやってると、ちょっと話しただけで、人となりが分かってきちゃうんだって。スゴイなぁ。オレが素直に感嘆してると、また手をギュッと握られて。
「三橋君って、ホント可愛いね」
 って、褒められた。可愛いって言われるのは複雑だけど、嫌われるよりはいいよね。

「今日、時間あるなら一時間だけやってみる?」
 センセーに言われて、オレは「ぜひお願いしたいです」って答えた。スーツの上だけ脱いで、Yシャツの上から、パートさん用の赤いエプロンを借りて着けてみる。なんか、恥ずかしい、な。
 さっきの店員さんが、似合うよって笑ってくれた。
「オレは栄口、薬剤師です。今日からよろしくね」
「は、はい。よろしく、お願いしますっ」
 親切そうな人ばかりで、ほっとした。うまくやっていければいいな。
 ほくほくしてると、お客さんが入って来た!
「いらっしゃいませ」
 柔らかな栄口さんを見習って、オレも声をかける。
「い、らっしゃい、ませ」
 するとそのお客さんは、くすっと笑って、栄口さんに言った。
「新人さん? 今日から?」
「はい、今日はお試しで、明日から」
 その人はオレに向き直り、垂れぎみの目をちょっと細めて言った。
「頑張ってね」
 そしてドリンク剤を一本、オレの目の前に置いた。

「あ、ありがとうございます!」
 バーコードを読み取り、お会計をする。
「ご、五百円です」
「はい」
 千円札受け取って、お釣りを返す。
「ありがとう、ございました」
 頭を下げて、また上げると、その人が優しい笑顔でオレを見ていた。
 ドキッとした。

 オレの初めてのお客さんは、阿部さん、と言う名前の常連さんだと……後から聞いた。 

 


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